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2012年3月27日火曜日

情報のパーソナライズ化

2009年googleが特別な発表も記者会見もせず静謐なまでの行動で進めたのがパーソナリゼーションだ。

FACEBOOKを始めてネットワークの凄さを肌身に感じている。自分が興味を持った対象が物の数分数秒のうちに変換され、より自分に適した情報として返還されてくる。

実はアマゾンはすでに顧客の嗜好性を分析し、オススメアイテムを選んでいる。これと似た装置であることは明白だ。

FACEBOOKでここ2日の間に10年以上会っていない会社の同期が会社を辞め、中国で活躍していると知った。乗っている車も同じだと。(厳密には同じではい。彼はBRABASのコンプリート、私の素の500G・・値段は当然月とスッポン)

同じく岐阜でお世話になった人たちとも再会した。嬉しい事実。

一方、FACEBOOKを諸手を上げて受け入れるにはリスクを確認すべきた。

私達はインターネットの普及によって情報の片務化が解消されると思った。情報は双方向になりよりリベラルのものへと進化したと思った。

しかし、googleもfacebookも企業である。利益が無ければやっていられない。

つまり、パーソナリゼーションの向側にある広告効果が私たちの情報を制限する。

例えば同じような4年制大学卒業した同年齢の女性二人が「ジェンダー」を検索したとする。

しかし、そこに導き足される情報は異なってくる。

一方では「少子化」が現れ、もう一方では「老齢化」が登場する。つまりパーソナライズされた情報は均質ではないのだ。

もし、我々が情報が平等で均一だと思っていたらお門違いである。

我々はこれによって自らの殻に閉じこもり、自分により都合のよい情報だけを選択するようになる。

まさにマーシャル・マクルーハンが言ったように「ツールは人によってつくられ、人はツールによってつくられる」の通りである。

FACEBOOKに嵌っているみなさんご注意あれ!!!!

そんな人にこの二冊をお勧めする。併読でものすごいスピード完読した本である。

ここでもKEY WORDはCONVERGENCE=収束とは・・・・・・・・・・




続き・・・・・・

FACEBOOKの好きなアーティスト欄にPat Methenyと入れたら、3月28日(今日)NYサウスハンプトンで行われるコンサートの情報が送られてきた。まさに情報のパーソナライズは現実に起こっているが、人間好きなものの関連なら嫌に思わないこの心理を突かれている気がする。

KKAF 遊びのBASE

昨年、鎌倉にKKAFを作ってから色々な経験をさせていただいた。設計施工に携わった全ての人、私に案件を持ってきてくれた人全てに感謝。

まず変わったのは少し離れたところで仕事や子供を見ることができるようになったことで、客観性が増した。そして、荏田の家もそうなのだが、この鎌倉も色々な人が集まってくる。

昨年開いた酒宴の数は12回、1回に20名以上参加したこともあった。

そこで情報が交換される。子供も大人も若い人も年配者もみんな楽しく話題を共有し、話しこむ。

大変有意義だと思う。そんなKKAFも少しずつ変化している。ゆっくりと時代のスピードに合わせるのでなく自分のリズムで生活をする。それが理想。











レフ  ロトチェンコ展

ロシアアヴァンギャルド芸術家の一人、「ロトチェンコ」をご存じだろうか。

輸入文具の店をやっている時に、ニューヨークのポスターショップで仕入れてきた彼のポスターはあっという間に売れてしまったのでよく覚えている。

レフ」とはそんなロシアアバンギャルド芸術の機関紙の名前。

ユニクロに行列で並ぶのも良いけど、目と鼻の先のこんな芸術に触れてみるのも一興かと思うが・・・






ちなみに今日はミース・ファンデル・ローエの誕生日だとグーグルで知った。

建築の携わる人なら知らない人はいないと思うが、彼の”Less is more”は彼の主張する柱と梁で構成するラーメン構造による近代建築の素地を作った訳である。

ラーメンとは (Rahmen)であり、ドイツ語の額縁を意味するのだ、間違っても赤ちょうちんは思いださないでおくれ(笑)

ちなみにコルビジェと私は誕生日が同じ(笑)

話題になった耐震偽装はこのラーメン構造の構造計算にとってマトリクス変位法という方法が複雑であるために、この計算をパックにした市販ソフトが販売され、ただ数値入力すれば済むという安直に乗っかった結果であるともいわれている。

ちなみにマトリクスとは行列のこと。



2012年3月25日日曜日

小説論

ヘミングウェイをロストジェネレーションの作家ではなく彼は釣り師だと言った人がいた。

何故、彼はそんなことを言ったのだろう。

私の好きな作家はスベカラク嘘つきではない。

ヘミングウェイも開高健にしても釣りが好きでなければあんな表現は出来るはずはない。山口瞳のような食道楽でなかったらあんな洒脱な口語文は書けない。

これもビッグブラザーとリトルピープルに似ている。ヘミングウェイを酷評した人はビッグブラザーを夢見ていたのであって、小説家を型枠に嵌めたがっている。

好きこそものの上手なれ、その通り。好きで好きで調べていくうちに自分の観察眼と感情移入が始まり、文体が精緻になる。そこのどこが悪いのだ。

カジキだってマカジキ、メカジキ、バショウカジキもいればそのオスとメスもある。

知らないからそれは博物主義だというのは、知らないものの遠吠えにしか思えない。

だから私は平松洋子が大好きである。

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先程、犬友の大先輩よりメールを戴いた。私のつたないブログを読んでくれたようでヘミングウェイとフッジラルドの人気が逆転したのも世相の反映と書かれていた。

そうそう、そうなんです!!

村上春樹氏が何故、天才かと言われればそんな現代の世の中の流れ既にずっと前に予見している訳です。






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三丁目の夕日、妻は間延びしていると言っていた。脚本は確かにそう。でもね、舞台セットは飽きさせません!!

良く見てみると、森山未来君の車が4114だったり、テレビの箱がNationalだったり、良く考えています。

恐るべし、恐るべし、人は観ていないようで見ていて、見ているようで観ていないものなのですね・・・

暫くは円上塔氏に嵌りまくりの日々ですが・・・

R1グランプリと笑点

世の中ではR1グランプリやAKB48の総選挙のように出演する人が変わる仕掛けを好んでいるように見える。

一方、笑点は我が家の定番番組だが出演者はいつも同じ、定例のやりとりである。

政治の世界はどうであろう。自民党が政権を獲ろうが、民主党が獲ろうか結局後者なのである。

若手批評家で私が最も注目している人がいる。宇野常宥氏である。「リトルピープルの時代」という本を上梓した。


私が村上春樹氏をずごいと思うのは、氏のずばぬけた感性である。氏の「1Q84」に登場する「リトルピープル」はオーウェンが描いた「ビッグブラザー」の対局をなすものだからだ。それをこの世の中に感じとっている。

政治や宗教と言った思想や国家という大きな社会秩序はこのビッグブラザーによって映し出されていた。しかし、その投影する機械には対立という構図が必要だった。対立という構図が無くなった今、ひとつの正義はそれ自体存在しえないのだ。

だとすればリトルピープルに適した仕組みとは何であろうか。

国民参加型の政治とはいわばR1グランプリのように出演者を国民が交換できるようなゲーム感覚と宇野氏は言う。

氏は「日本の底力」とか「日本が駄目になる」「たちあがれ日本」などというスローガンはビッグブラザー的だと看破している。私もそう思う。確かに古臭い。

しかし、笑点を見て安心する我が家は古い政治体制の信奉者なのだろうか。そうではないであろう。

物語性からゲーム感覚に世の中が変性したとしても個人の中に物語性を回帰しえなかったら、個人はつぶれてしまうのではないだろうか・・・この点は氏と相対することになるが・・・・・・

社会ネットワーク ミルグラムの実験

FACEBOOKを始めて2日目なのに中学で一緒にバスケをしていた友達と繋がった。

連絡の取れなかったオーストラリアの先輩とも繋がった。



まあFACEBOOKの熱に踊らされぬようによくよく考えてみると、暫く前に複雑系の勉強のため何冊か読んだ本の中にSteven Strogatz「SYNC」があって、その中にミルグラムの実験という章が設けてあった。

これはネブラスカからマサチューセッツ州シャロンにいるある人物までたどり着く(直接連絡取れるのは個人的知り合い、つまり知り合いの知り合いは駄目というもの)まで何人必要かという実験だった。

結果は大方の予想(100人以上必要)とは異なり2人~10人の知り合いで可能との結果になったのだ。

つまり平均で5人つまり6次の隔たりでリンクが形成されたことになるのだ。

もちろんこの実験は全てに当てはまるものでもないし、クラスター化率を計算することもできないのだが、社会ネットワークがいかに極小でも存在出来る可能性を示したと言える。

FACEBOOKはこの特徴を表している。FACEBOOKにはFACEBOOKの可能性があると思う。一方ではブログはブログの役割があるように思うのだが。

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政治が混迷している現在、以前にも書いたが私が注目している政治家は石橋湛山である。



彼への批評は数あれど、この「雨神者」という本には公人つまり公とは何ぞやということが記されている。

この本は今は亡き恵比寿の名物本屋の主で稲穂の大学を卒業されていた大先輩のI氏より戴いたものだ。I氏は石橋湛山の孫にあたるT経済新報社の社主よりもらったものだと言っていた。

こんな大切なものを戴いたのだ、政治に関心が無いわけにはいかないのだ。

2012年3月24日土曜日

貝殻図鑑


図鑑少年という小説がありました。著者は大竹昭子さん。ここに描かれる生活風景はっきり言って好きです。

その風景は街の小さな開業医の待合のようで、波ガラスの向こうにソテツやシュロの木が見え隠れする、柔らかなそんな住宅の庭のイメージです。

ところで、妻が頼んでいた書籍が届きました。



貝殻図鑑です(正式には貝類学です・・・笑)

こんなことをして夫婦二人で各々好きなことをしている訳です・・・