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2012年5月5日土曜日

写真について

カメラの雑誌をパラパラめくる私に対して息子はこういう。「カメラ好きのふりしているね」

まさに痛いところをつかれている。


私はスーザンソンダクの「写真論」を読んで以来、その内容は「ドイツ人、日本人、アメリカ人にとってとりわけ都合がよい写真を撮るという作業は、何かしていなければ心配で仕方のない国民を安心させる・・・・・実際に目で観ることを放棄している」とまで言われてしまっては、私が写真にのめり込むことは出来なくなったのである。

さらに木村伊衛兵の写真はすぅーとあらわれてパチリと撮ると言われている。あれこれと機材を変えて商業写真をスタジオで撮るのとは正反対である。

だから私は出来るだけ安直で簡単なカメラを持って旅行に出る。娘や息子の運動会もソンダクの影響からかカメラを持たずにこの目に焼き付けようといきがっていた。

そんな私がレンズを5種類もそろえた、さらにコンバーターも追加した。

プロのカメラマンがF値、シャッタースピード、ISOの相関関係が分かれば良い写真が撮れると言っていた。一応高校の時の物理の成績は80点以上だったので、論理的には分かる。

感度がよく明るくなればシャッタースピードが上げられる代わりにノイズが発生する。一方、シャッタースピードを遅くすれば手ぶれが生じる。さらに望遠にすればF値は大きくなるなど理解はできるのだが、いざマニュアルで設定して取ろうとするとすでにその被写体はなくなっている。そうチャンスが逃げていくのである。

いきつくところ、カメラ好きのふりをするのはやめてチャンスに期待するカメラマンになろうかと、そうレンズも変えずに一つのカメラでチャンスのみ追求する・・・段々、自分のカメラスタイルが見えてきた??いや、最初から見えていた・・・・


2012年5月3日木曜日

誇らしいような残念なような

自分が気に入っていてもあまり人には話さなかったことが、新聞やテレビに取り上げられたりするとちょっと誇らしいような、反面残念なような気持になります。

昨日テレビでベイサイドマリーナの「ノア」を特集していました。あのお店、実は大好きな場所で、ベイサイドマリーナに行っても何も買わずにこの店だけ見てくることもあります。

扱っている動物の多さもさることながら、ただ見るだけでなく動物によっては触れるところも好きな点です。

動物全般好きなのですが、特に好きなものが川獺です。

私が幼い頃過ごした街には小さな動物園があり、子供にはゾウやトラなどの良く知られた大きな動物が人気でした。そんな隅っこの方にカワウソは展示さていました。

今では絶滅したニホンカワウソが小さなコンクリートのプールと岩陰の部屋の中で一生懸命に魚を食べていたのをずっと見つめていました。

小学校の時にこのカワウソを絵に描いたこともあります。先生に「地味だな」と言われたことを今でも思い出します。

そんなカワウソもここにはいます。もちろんニホンカワウソではなく、コツメカワウソです。フクロモモンガのようにこのカワウソも本当に飼育しようと思ったこともあります。

ここには犬好きにはたまらない世界最大のアイリッシュウルフハウンドもいます。テレビでも紹介されていましたが大きさに似ず、とても甘えん坊でちょとシャイなかわいい子です。

今朝の内田先生のブログにも「忠臣蔵のドラマツルギー」として使われていた、このドラマツルギーという言葉はもともとはドラマの制作手法という意味合いでしたが、社会学の分野では日常の相互作用を扱う微視的社会学の中での観察方法としても使われます。

私が「ノア」を好きなのも、「カワウソ」が好きなのも、このドラマツルギーとして共通しているものは厭世観かもしれません。

齢、艾年を過ぎ、大人がやってはいけないことは、子供にこうだと決めつけることです。特に小さな子供に。

大好きだった絵が嫌いになったのも私の場合にはそれでしたから、ですから子供にこうせいああせいということは避けています。

価値観は多様です。それなのに今の日本はそれを認めず価値観が膠着するそんな印象をぬぐえません。

動物を見ていると本当に色々な種類があり多種多様性を考えさせられます。

そうそうRママが家で見かけたという猛禽類のチョウゲンボウもここでは売っています。ハヤブサとともに・・・でも一目でよくチョウゲンボウと分かりましたね、さすがRママ、色々な動物を飼っていることだけはありますね。

ピグミーハリネズミ、フェネック、ピグミースローロリス、シロフクロウ・・・一度は飼ってみたい・・・・・・

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東名高速と保土ヶ谷バイパスの渋滞マークで第三京浜を使って湾岸線で鎌倉に向かいます。

途中、杉田のあたりでも渋滞もなく生憎の空模様なのでちょっと寄り道!!!

目指すはベイサイドマリーナ・・・私は船持っているので(笑)手前の駐車場に案内されここでも渋滞は皆無!!!???

コツメカワウソはへそ天で寝ています!!かわいすぎ!!











2012年5月2日水曜日

横断的思考

現在読書中と読後の本である。私達が高校生の時の生物学はやっとクリックとワトソンの2重ラセンなるDNAの構造が紹介されている程度で、今の教科書においてDNAやRNAなど分子生物学の紹介される範囲の広がった事は驚きである。

だからせっせとその手の本を買っては今の高校生に負けじと本を読むのである(笑)

オーサグラフの開発者で建物の構造計算者でもあり、設計家でもあるN氏が面白い事を言っていた。

「宇宙物理学もそうでしょうが、生物(人体)はパラメーターが多く研究しかいがあるのでは」と・・・

確かに分子生物学の分野の発展はめざましく、同時に物すごい量の情報を包含した。もちろんパラメーターも物凄く多くなったのだ。



しかしながら生命の設計図などと簡単に説明されては困るというのが本書である。

長らく理研に在籍し現在は東京大学に戻り駒場の銀杏並木を見ながら暮らしている著者はDNAは自己変革するという。鴨長明に照らしてその有様は「無常」でありつねに移ろい続けていると言う。

文章は平易で分かりやすい、専門家でなくてもすらすら読める。さらに最終章の近くでは生物学的にもデフレは発展を妨げるとそこらへんにころがっている駄経済学者に読ませたい文章まで書いている。

レビィナスまで言及するのはどうかと思うが、レビィナスを知らない文系の人には慧眼であろう。



もう一冊の「誘惑される意思」はしばらく前に話題になった本である。人は何故不合理な行動を撮るのか、そのことを双曲線に基づき説明されている。

たばこは体に良くないと分かっているのに止められないとか、ギャンブルは負けることが分かっているのに同じく止められないといった行動を分析する。

個人的にはそういった事も集団行動を全体のインフルエンスと考えると波動的関数によるデポケットなのではと考えるのだが皆さんはどうだろう。

幸い家の近くの本屋はとても変人で(ごめんなさい評価しているのですよ)みすず書房のコーナーを設けて特集をしている。

誰が買うのか分からないがこんな変な本屋がある事が私には嬉しい。


この本の横にCPスノーの「二つの文化と科学革命」が並べられていたのは、私が30代にこうした人文科学系の本を読むきっかけとなっただけに何か因縁を感じるのだ。

もちろんこちらは重版である。


2012年5月1日火曜日

物語と時間

21歳の時にプルーストの「失われていく時を求めて」を読んだ時に初めて円環的時間の小説に出会った気がします。

それ以来、アランロブグリエの「去年マリエンバートで」や恩田陸の小説の多くがこの時間をモチーフに作られています。私は少し怖いもの見たさのようなところがあり、この手の小説や映画を多く見ているのかもしれません。

そんな私がまだ見たことのない映画を昨日教えてもらいました。クリストファーノーラン監督の作品で、「インソムニア」より2年前に作られた「メメント」という映画です。



題名のメメントはメメント・モリのメメントです。

これは教えて戴いたN氏が言うように円環的ではなく、時間が分断され、いくらかの糊代しかないものが現在から過去にフィードバックするそんな映画です。

主人公の記憶が10分しかもたない前向性健忘という病気によりこの状況が設定されています。主人公はメモとポラロイド写真により記憶を固定し、それでも忘れたくないものは刺青にして体に記録(記憶)させます。

物語が進むにつれ、誰が敵で誰が分からなくなってきます。(混沌)

考えてみると私達の記憶と言うものは曖昧です。ある記憶は鮮明に覚えているのに、つい何日前の献立は忘れているのです。

テレビでFECEBOOKの愛用者にインタビューしたところ、その男性が面白い事を言っていました。

「FECEOOKをやるようになってから懐かしさとか郷愁と言うものをあまり感じなくなった」というのです。

その時はその意味が分からなかったのですが、私も初めてみて妙な感じになって分かったのです。

そう今まで忘れていた遠い過去がすぐ近くに感じられたのです。言ってみれば分断されていた記憶が繋がったような妙な安心感です。

人間は記憶を忘れてしまわないように日記をつけ、手帳に記すのです。ビジネスで忘れたでは通りませんから。でもどんなに努力してもずっと前の記憶はすり落ちて行くのです。

そんなFACEBOOKとは対照的にこの映画はどんどん自分の記憶がなくなり、繋がりも、固定も出来ない状態です。私は恐らく耐えられないでしょう。


以前読んだ本に「ある分裂症少女の手記」というこの手の患者が寛解したことはまれだったので世界中で翻訳された本がありましたが、その少女の手記にも意識が分断(たぶんに時間概念と社会性の分断)が表されていました。

以前にも書きましたがアボリジニの画家・エミール・ウングワレーの作品を見ていると「死とは混沌」であると感じた事を思い出すのです。



2012年4月30日月曜日

InfluenceとInspire

今ではブログやFacebookで手軽に情報をシェア出来ますし、何十年も会ってない友人にもつい昨日会ったような既視感さえ覚えます。

しかしながらこれらは実体験では決してありません。何故なら、直接会って相手の鼓動や表情を観ながら会話することはなく、あくまで仮想の中での話ですから。

ネットワークを意識するようになったのは今から6.7年前です。自分が30代より全く仕事関係でも血縁でもない多くの人の影響を受けてきたのか改めて思い知ったからです。

またそれらの情報の階層が折りたたまれて自分の行動を揺り動かしていたのです。

それ以来、自分と何らかの形で接点のある人に多く声をかけ、GWの一日に我が家を解放し、皆に集まってもらっているのです。

そうです仮想ではない、実際のネットワークの確認作業のようなものです。

昨日も過去最高の50名以上の老若男女が集いました。中にはお孫さん付で参加した人もいました。

またTEDに実際に参加し、スピーチをされた人がいたことも確認できました。

FACEBOOKは有用です。しかし、有用でも情報の一端しか見えないのも事実です。

ビールは30リットルしか消費されませんでしたが、ワインは3リットルのスーパーマグナムボトル2本と白ワイン9本、赤ワイン8本、さらに森伊蔵も空になりました。

光陰矢のごとし、Sパパが言っていたことを思い出します。

「今自分が選択しなければ次はないのだよ」確かにその通りです。

人生は選択の連続ですから・・・・・

2012年4月26日木曜日

宇宙論 佐藤勝彦氏

みなさんは宇宙について興味はありますか?興味の無い方や宇宙の事を考えると怖くなる人(息子は小さなころ宇宙の話をすると耳をふさいでいました・・笑)はとばしてください。

佐藤勝彦氏という研究者がいます。この分野でノーベル賞に一番近い人だとも言われています。

数年前まで東京大学で教鞭をとっていたのですが、定年で退官し別の大学に移られました。

私は小柴教授のノーベル賞受賞記念の公演の折、直接佐藤氏の講演を聞く機会に恵まれました。

氏の講義は一般の聴衆のため難しい方程式は使わずに、至極簡単に彼の唱えるインフレーション宇宙論について説明してくれました。

ここにお薦めする本は氏がまさにそうした素人向きに分かりやすく書きあげたものです。

宇宙論の序章としてお薦めの書籍です。




ステープ・ホーキング氏は皆様もご存じの車いすの天才物理学者です。彼はスタートレックにも出演していますから知らない人はいないと思います(笑)

彼の著したこの本も入門書としてお薦めです。今最新の宇宙論の概要をつかむにはうってつけです。

そうそう佐藤勝彦氏はホーキングの訳者でもありましたね。




もう少し量子論や粒子の振る舞い(物理学は良い言葉を使いますね)を知りたいと言う人にはこちらの本をお勧めします。

内容的には日本人で先般ノーベル賞を受賞した益川・小林理論とも通ずるものがあります。

宇宙創成の謎は対称性の破れだった?本当に想像が膨らみます。



さらに宇宙の姿を俯瞰しようとするならばこの2冊がお薦めです。宇宙観が一気に広がること間違いありません。カラビヤウ多様体ということばや超弦理論もこの本で知りました。

読み終えると村上春樹のパラレルワールドが嘘ではなく、実際に説明されているところに驚きます。

金環日食が近づいています。専用の器具を使って目を傷めないように観測しましょう。私は日食の開始と終了間際のダイヤモンドリングが好きです。



2012年4月25日水曜日

TED

昨晩のテレビでアメリカで開催されているTEDの実際にスピーチをしている場面ととその前の練習の風景が写されていた。

今まではこのTEDを見ることはプラチナチケットを手に入れるようなもので、マスコミもシャットアウト知るのはネットワーク以外になかった。

実際に登場してスピーチする人物は老若男女、人種もバラバラでその守備範囲は相当に広い。

すでに名を馳せている人もいれば、全く無名の人もいる。

そしてそのスピーチの内容は各国のボランティアによって翻訳され各国に配信される。

Human Arabesqueなるビデオは人種や年齢を超えてアラベスクが出来あがる。このネットワーク社会の姿そのものである。

参加した茂木健一郎氏がこのTEDの素晴らしさはまず発表させる場を設けるだけでなく、どのようにしたら効果的に映るか、聴衆に感動を与えられるか徹底的に分析している点だと言っていた。

氏はこのプロジェクトの参加には「脱抑制」が必要だが日本人は苦手な部分を本質的に持つとも言っていた。

私がこうした一連のアメリカでの催し物(アカデミー賞の授賞式なども)はまず徹底してやることを徹底的にやっていることだと思う。何も特別な事ではない。やるべくしやっている点である。

そこへいくと我が国はだらしない。いや不甲斐ないのである。素人の討論会やクイズ番組は敬遠され、芸能人のお決まりのクイズ番組だけが生き残る。

英語でapplauseという単語がある、賞賛である。トヨタ自動車の元会長で経済界の重鎮である奥田碩氏が「そろそろ日本も嫉妬から賞賛の経済にかわるべきだ」と言っていたがまだまだ遠い話のようだ。

話を元に戻そう。このTEDでは知は個人や一部の企業によって独占、閉鎖されることは社会全体そしてその個人やシステムにも恩恵を預けず、オープンにして共有することで知そのものも、そして個人も企業も価値が上昇すると言っていた。

FACEBOOKでもこのTEDについて触れたが、残念なのは私の友人で「いいね」をしていたのが一人だったことだ・・・若い人にこそチャレンジしてもらいたい・・・・

世界はまさにThe next convergenceなのではないか?

この本を送った就活中の友人の息子はきっとこの深遠な意味を理解してくれていることだと思う。