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2013年3月8日金曜日

春の一品

名人というのはどうしていとも簡単に美味しいものを作るのだろうと惚れ惚れと感心してしまう。

渋谷(青山)ラ・プランシュのシェフ、田代和久さんもその一人だ。店は青山学院大学の真ん前にある。

以前も申し上げたが、私は直球のフレンチが好きである。季節によって素材の持ち味は変わる。

見た目の豪華さや演出ははっきりいってどうでも良い。それよりも口に入れた一瞬に季節の色々な事を想像させるその味に興味がある。

それを如何に引き出していくかに尽きると思う。

その名人がふとつけたテレビの料理番組(きょうの料理)でこれまた和食の名人と二人で調理している。

二人とも簡単そうに、そして楽しそうに美味しいものを作る。


田代シェフが熱々の新じゃがを手で豪快に分けて行く、こちらまで新じゃがの香りが漂ってきた。

土の物は皮のところに旨みがある。個のじゃがいもも牛蒡もそうだ。これを最初から剥いてしまっては台無しである。

翌日、早速材料を買いに出掛けた。新じゃがとコルニッションだけがない。家にあったピクルスは甘いものだったのでこの二つは買わなければならない。

実はこの日大失敗をしてしまった。アンチョコの何とか鍋というものに新じゃがを丸のまま入れて蒸し焼きしてあと、余熱で調理したら、あのじゃがいものホクホク感が出ず、もちっとしたものになってしまった。

反省しきり、翌日、もう一度買いなおして再度リベンジした。基本に忠実とは本当にそうです。

私はコルニッションを多めに入れたラビゴッドソースをそれも多めに作っても好きな人はパンに付けてもらった。

まさにラビゴットソースは原意の如く元気の出るソースだ。

私流のアレンジは最低限、美味しそうな真蛸があったのでこれをボイルしてのせ、アクセントにチコリをちぎって乗せてみた。

ワインセラーから持ち出したのはプルゴーニュの白、Mercurey Faiveley 2009・・・

口の中は春の香りが広がり何とも言えぬ幸福感である。残念なのは私同様美味しいものに目が無い息子がロサンゼルスでこの料理を食べられない事だ。

帰ってきたら作ってみよう。それにしてもどこにでもあるような材料でこんなに美味しいものを作るとは驚きである。

常連とは言い難いが、確かシェフの店ではイワシとじゃがいものテリーヌも名物だったはず、是非それも食してみたい。

作り方は今日の料理の以下アドレスを参照下さい。今週末、白ワインとこの新じゃがとオイルサーディンのサラダで春を感じてみませんか??

http://www.kyounoryouri.jp/recipe/18234_%E6%96%B0%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%8C%E3%81%A8%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%80.html











2013年3月7日木曜日

お金の話



考えてみると太古の昔よりお金は禍福と深いつながりにある。小学生の時にベニスの商人の短い演劇の脚本を書いたときにお金が初めて恐ろしいものなのだとぼんやり思った。
それ以来、この魔物に取りつかれて家や財産、家族、はたまた命まで無くしていった人を多く見てきた。

バブルの頃だったと思う。今はもう跡かたも無くなってしまったが、新宿に本社を構える証券会社の役員がどこから嗅ぎつけてきたのか、私に100億円借りなさいと薦めた。そして返さなくて良いとも。当時の無知な若者でもその胡散臭さが鼻についた。いや、それどころか身を滅ぼす危うさを感じた。借りなかった。

その人に限らず、こうしておけば儲かるという謳い文句で誘ってくる人がいる。そんなに儲かるのだったら人に言わず自分で買えば良いだろうと思う。
こういう被害にあった人はテレビでも相手が如何に旨く誘い自分は被害者だと強く訴える。でもこういう手合いに引っかかる人にも問題ある。

楽をして儲けたいという欲がある。その欲が目を曇らせる。楽をして儲けられるものなのこの世には無いと断言できる。数億円稼ぐ野球選手だって幼いころからの人並ならぬ努力をしてきたであろうし、ずっと続く訳でもない。
不動産所得をよく不労所得だと言う人がいる。とんでもない、何もしないでいて大丈夫なはずがない。

私の周りには2種類の大家がいる。ひとつは昔からの家業として続けている人達で、この人たちは慎ましやかでかつ疑り深い。もう一方は、お金が出来て、または借りて大家になった人達でこちらは派手で、人の言う事やマスコミをすぐ信用する。

大家業で大切なのは店子に儲けさせてもらっているという感謝の気持ちだ。ところが後者の人達は貸してやっているという奢りの態度が強い。さらにここが肝心なのだが、自分を良く見せようとする傾向が強い。これが全てをマイナスに導く。

例えば前者の人達は一番使いづらい場所に自分の居所を作る。一方、後者は一番目立つ他人から良くみられる場所につくる。私も縁あって都心のホテルの社長室にお邪魔したのだが、それは決して良い場所にはなかった。なるほどホテルは貸すプロフェッショナルである。そのあたりを心得ている。そしてその結果、両者には何十年という間に大きな差が生じる。

後者の人達はネットで買い物はするけれどフェイスブックのようなSNSやブログで情報発信しているような人を見かけない。もちろんヒルズ族の様な人達で豪遊ぶりを他人に見せびらかす人達は居るだろうが、それでもこの文章を読んでいる人達が読者とは思えない。

バブルの頃、借りる事も一つの能力であり、借りたお金も財産だと言う人が居た。今はさすがに言わないだろうが、そんなことあるわけない。借りているものは借りているものなのだ。決して、自分のものではない。

例えばローンで車を買う。その車は決して自分の物ではないのだ。家だって同じ、何十年というローンを払い終えて初めて家を持ちましたと言えるのではないか。
ある人がオフバランスの経営を説いていた。なるほど見え体裁が無ければこのオフバランスが良い事もあるのだ。使わなくなって処分できない別荘地、固定資産税ばかり高い都心の土地、住宅だって家族構成が変化すれば家の形も変わってくる。ならば最初からオフバランスというのも良いかもしれない。

こうしたことは色々な人から教えられた。親戚でアパレルメーカーの社長をしている人は寝覚めの悪いことはしないと言っていた。なるほど寝覚めの悪い金というのも分かる気がする。その会社はこの荒波の中脈々と続いている。

もしその気があるなら一度自分にはどの位お金が掛るのか毎日細かく付けてみると良い。私の場合も驚くほど少ない金額だったのだから。

お金の話は人前でしないというのが江戸時代からの暗黙の了解である。しかし、この江戸っ子気質というのは少し問題である。何故ならこの根底にはどんな種類のお金でもお金はお金と言う考え方がある。極端な話だが着物を質草に入れたお金も、娘を売り飛ばしてコサエタお金も一緒だからだ。だから敢えてお金の話をする訳ではないが、人生を豊かに暮らす方法としてお金の事は気にかけていた方が良いと思う。お金はぼんやりとふんわりとそんな感じで良いじゃないですか?所詮あちらには持って行けませんから・・




2013年3月6日水曜日

勁草と北風


勁草と北風

少年は北風に向かってペダルをこぐ

吹き付ける風は頬を切り裂くほど冷たい

橋の真ん中で自転車は押し戻されそうになる

それでも諦めず少年はぐっと腕に力を入れてペダルをこぐ
川面は海のように水しぶきをあげている

真っ青な空にとんびが一羽流れて行く

自分と周りの物すべてが異質であるような孤独感

そして喪失感

それでも少年は歯を食いしばってペダルをこぐ

思うようにならぬ歯がゆさは若さ故か、それとも運命か

勁草が風に強く押されながら波うっている

制服の内ポケットの一冊の文庫本が少年にとって唯一の盾だ

勁草が強いと知ったのはずっと後だった

少年は前を向いた

少年はさらにもっと強くペダルをこいだ

盾に守られながら全力で






2013年3月4日月曜日

リンダ・グラットン「ワークシフト」



この本の題名は正式には"THE SHIFT The future of work is already here"である。

2025年にあなたは誰と何処でどのように働いていますかと問われるのである。

ブログやSNSをやっているなら是非読んでおいた方が良いお薦めの一冊である。

2025年に私のように生きているかどうかも分からない老人は別として若い人はどのように考えるのか大変興味深い。

私は暫く前に友人に勧められ購入して読んだ。和訳本を一読して、それから原書を読んだ。

英国人らしい英文と簡易な説明は小気味良い。

私自身、今の若者のように生まれたときからネット社会が当たり前になっている人ではないから、ネットの無い社会に戻れと言われれば戻れる。しかし、戻ろうとは思わない。

それは有史以来新しい文明を享受した人間の性だと思う。

本は働き方に触れているが、私はもっと大きなパラダイム変化だと思っている。

私がサラリーマンをしていた流通業はもとより、製造業、運輸業、情報通信などなど・・・これらほとんどの業種がその良い悪いに関わらず影響を受けると確信していた。

大きな時代の変化の渦中にいるとその変化に気づき難い。

このブログを始めるきっかけは変化の中にいる私の備忘録のつもりだった。

文章が無性に書きたいときはこのブログで試験的に書いて見たり、その時その時思った事を綴っていた。

ところがそれにも思わぬ広がりがあった。

ずっと疎遠だった知り合いから連絡をもらったり、友人が私の今を知っていることだった。

昔なら友遠方より来るとなれば1日2日酒を酌み交わし膝つき合わせてお互いの事を話した後でなければ知りあえなかっただろう。それがあった瞬間に相手の事を理解していた(ある意味での)

さらにフェイスブックをこれまた勧められてやってみたら、やって初めて理解した。

どうして中東の春がこんなパソコンの画面で繋がっているだけでなし得たのか。

やっと理解した。

何故ならそれはアイデンティティの共有だったから。

繋がるということはある人間と同質化する。これは繋がりの無かった社会とは大きな違いだ。

何故なら、同一性を求めて繋がりを求めているからだ。当たり前なのだ。

しかし一方で自分に都合よくそれを利用しようとする人間もいる。

私がまだ使い方も分からずにSNSをやっていると、ある見知らぬ人から友達申請があった。ずっと無視続けていたが、あまり頻繁なので承認してしまった。その後、その人は自分の思想信条の正しさを同意を求めるがごとく、煩いほど発言するようになってきた。私はそっとボタンを押しなおした。

きっとこの逆だってあるだろう。ネットとはそういうものであると認識しなければならない。

フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグがSNSは嘘が嫌いだと言っていた。その通りだと思う。繋がりの社会では嘘はすぐばれるから。

もう一面を考えておかなければならないのは、「人は良い評価を得られようと行動する」という事だ。

全人格的人間など存在しない。神でない限り、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、喜んだり、悪い人になるときもあれば、良い人になる時もある。つまり、ネットに表れているのはその一面だと言う事。

その人の本当の悲しみや怒りなどは奥深くにしまってしまうのだ。

だから私はこうつぶやくことにしているネットでの情報は「確かにそういう一面もある」


12年前にLAに行ったときと、先月のLAで一番驚いたのは、全てが超スムーズになったことである。

レストランに出掛けても、ホテルについても全くまごつくことは無い。だって事前にどんな店かどんなメニューか知っているのだから。

道路だってLAの複雑なハイウェイを心配していたが、グーグルマップがあれば渋滞も時間も心配ない。ナビよりずっと正確だった。

だがこれをやりすぎるともはや観光など必要なくなってしまうのではないかと危惧する。

名所旧跡巡りはもうみんなの「知っている」になってしまっているからだ。

ではネットワーク時代の観光とはどういったものなのか?

その一つは自分のアイデンティティの旅だと思う。価値観と言うのは変化する。つまりその時々で自分は何を目指し、嗜好しているのか探す旅だ。

これはある一点の歴史を客観的に眺めるのではなく、時間と言う流れの中であくまで自分を中心に社会システムやその基盤を探す旅だ。そう動的観光なのだ。

私はことごとく前述の観光的旅行は遠慮している。申し訳ないが、どこぞの工場を観て回ったり、名所旧跡を巡る旅など御免被る。

いっそ、私が旅行の企画でもしてアィデンティティの旅を売り込むなんてのはどうだろう。
冗談だが、これは冗談でなく今度のパリに行ったらシャルルドゴール2に立ち寄る、今日決まった。いわば毎日の好奇心の積み重ねの旅なのだ。

閑話休題

変化にはリスクはつきものである。私の回りにはそのリスクの取り方について3種類の人間がいる。

ひとつはリスクを取らず最初からネットと距離いや拒絶してひきこもる地下人である。

もうひとつは積極的にリスクを取り、変化についていき、生き生きと自分を発揮している人達だ。伊藤穣一氏なとその典型ではなかろうか。

そしてもう一種類は仕方なくしぶしぶリスクを取っている人達だ。実は3番目が一番多い気がする。


過去の歴史を見てもパラダイム変化が起きた時に変化出来ないものは必ず淘汰される。

前述したワークシフトの中に「仕事と遊びの境界線を曖昧にすることが創造性を発揮する最良の方法だと述べていた。

自画自賛だが、幸せとは

Happiness=√(健康)×(人間関係+価値共有の時間)

なのだから・・・

定年で蕎麦打ちをするのでは遅いのだ。

昨日、LAの息子とスカイプした。LAは30度だという。息子の顔は暑くて汗ばんでいるようだった。

臨月を迎え里帰りした娘が階段から降りてきた。妻は息子と会話している。

犬は2匹横たわり眠ったままだ。幸せとはこんな一瞬かもしれない・・・・・


息子もお世話になったI・K氏から送られてきたマリブの昨日の写真・・このポイントは正式にはMalibu Surf riders Pointといい、海底はCobble Stoneと教えてもらった、53歳にしてまたあたらしい事を娘と同年代の人に教えてもらった・・・これも幸せである・・・間違いない・・・



























2013年3月1日金曜日

時代の潮流

友人に勧められてブログを始めたのが3年前、FACEBOOKに参加したのが1年前になる。

私はこの3月にロサンゼルスのシルバーレイクにある「FORAGE」というレストランを訪ねた。




それはある事を確認するためだった。このレストランは日本でも雑誌で取り上げられているのでご存じの方も多かろう。

アメリカの西海岸にはアリス・クーパーの「シェ・パニーズ」を筆頭にオーガニックを特色としているレストランが多くある。

オーガニックな野菜を使ったたけなら日本にもある。しかし、ここでは欲しいものを生産者から直接買い、無いものは裏庭で作る徹底ぶりである。

料理は虚飾を介さないシンプルで素材の味を直接感じられるプレートランチである。

そしてリーズナブル。

訪れた当日も多くの人が季節外れの寒風の中、外でも食事をしていた。

すでにお気づきの通り、この店は透明である。そう食の透明性、フェアネス、そしてコミュニティ・・

今の時代にあって企画が独り歩きした、けばけばしく内装のみが豪華絢爛で何を食べているか分からない店と対極にある。



もうひとつがこのOKという小さな雑貨店である。店主ラリー氏の目利きによって集められた雑貨が所狭しと並べられている。そう誰もがこのラリー氏とその物の物語りを聞きに集まってる店だ。

顧客にはポールスミス氏もいると言う。


私自信、ファションに興味が無くなった。T・P・Oだって分かっているし、それなりの服装は持っているが、いつもの服装はチノパンツに黒のタートルネックだ。

ステーブジョブズ氏を真似した訳ではないが、機能的で十分なのだ。

それは人からどう見られているという意識よりも、自分がどうでありたいかという思考の変化も関係している。

何故、そうなったのだろうと暫し逡巡してみると色々な事が頭に浮かぶ。

SNSを始めるずっと前に読んだフリードマンの「フラット化する社会」あの頃は単にグローバリゼーションがもたらすマネーについて意識していた。

最近読んだアーダーソンの「MAKER」は物作りにおけるシステムが変わっていく事を実感した。

大規模な設備や長い試験期間がなくても、自宅にいて新製品が開発できる。物作り大国などと言っている国民はダイナソウな生き物かもしれない。

そして、鈴木 鍵著「なめらかな社会とその敵」は数学を使って、国家、宗教、街、学校、そしてシステムそのものが変化している事を説明していた。

そして菅付雅信氏の「中身化する社会」ではまさに食の透明性についても触れていた。

多くの先進国の国民はマスコミを信用していない。自分たちのアンテナとネットワークを使って真贋を見極める。

テレビのニュースはネットの情報の再確認くらいの意味しか持たない。

同期の三浦 展氏の「第四の消費」はそうした新しいコミュニティの台頭と新しい消費の時代を捉えていた。

我々は価値の変化の時代に来ているのかもしれない。会社、家族、友人、そして社会全体のシステムがそろそろ変化を求めているのかもしれない。

あなたは人と初めて会う時にその人の事をクグリますか?もしそうならば既に変化の潮流に一歩足を踏み入れているのかもしれない。

えっ、そんな事はしない。それはそれで良いですよ。ただ、時代があなたの上を静かに通り過ぎていくだけてすから。

ある人がいっていたFACEBOOKは嘘が嫌いだと。確かにそう思う。同時に虚飾も求めないのだと・・









2013年2月26日火曜日

よい住宅とは

ロサンゼルスでシンドラーの建てた住宅を見てきた。





しかし同時にそれは私にはもはや住宅ではない。

巷では100年、200年の持ちこたえるような高品質な住宅を売り物にしている企業も多い。

確かに安かろう、悪かろうの住宅では困るが、100年も200年も持つ住宅と言うのは如何なものだろう。

10年近く前にあまりに多くスクラップアンドビルドされる東京の街に対して、私が苦言めいた事を言っていたら、外国人が変化するから面白いんだと全く反対の事を言っていた。

昔英語の教材に「転げる石は苔蒸さない」というものが取り上げられていた、そうローリングストーンズ。確かに変化しているから苔蒸さないのかもしれない。

みなさんは蜑戸を知っているだろうか。そう海辺に立つ海女さんが暖を撮ったり、仲間とひと時の休息をとる小屋のこと。



それはいつ壊れても可笑しくないような、簡易的で質素なものだ。

台風や津波で流されても、また建てられる。彼女らの生活の知恵だ。

そう発想の転換。

住宅は何のためにあるのだろう。私はそこに住む人のためだと思っている。

そこに住む人は定常ではない。時と共に全てが変化する。若かった犬も年を取り老犬になるように、私達も年を取っていく。

子供は成長し新しい社会に飛びだし、また新しい家族を作る。

建物はそうした人に寄り添う存在でなければいけないのでは。

だから私にとってのよい建物とは柔軟に対応できる建物の事だ。

我が家では2部屋を1部屋に改造した。それとてあと2年もすれば使わなくなる。

そして私達が混沌とこの身の崩壊に向かう頃に都合よく朽ち果ててくれれば最高ではないだろうか。

それが私にとって良い住宅・・・



2013年2月22日金曜日

写真論 「私にとっての」


写真論 「私にとっての」
 

先般、キャパの崩れ落ちる兵士のことを文末に記したので、もう少し補足しておく。

この写真の真贋を後世に検証した人がいたと聞いた事がある。その上、澤木氏が21世紀になって新たな方法をもって再確認したのだから事の顛末はある程度想像できる。

澤木氏は他の著作でも精密な筆致で私達を旅の世界に誘う、名文筆家である。私も彼の著作を通じて既に2.3回ハノイを旅している。今回も同じように我々をスペインまでその検証の旅に連れて行ってくれるのである。

普通ならこれで十分楽しめるのであろうが、私にはややひっかかった。

何がひっかかったのか、それはそこまでして物の真贋を確かめる必要があるのかという漠然とした疑問だった。

実はキャパについての本を読んだ事があるのだが、彼はこの写真を含めて、色々なプレッシャーを受けてきたようだ。それは真贋についてというより、彼の最愛の人の死そしてそれとは別に高まる彼の名声、私がキャパだったらとても耐えられないであろう。実際、彼はそれ以降、危険な戦場に誰より先に出掛けるのである。まるで死に場所を探しているように。

写真とは一体何であろう。スーザンソンダクは彼女の「写真論」の中で、「自分では何も説明できない写真は推測、思索、空想へのつきることのない旅である」と言っている。

まさに、澤木氏にとって兵士の写真はそのものだったはずだ。だから、彼は堪え切れず答えを見つけに行ったのだろう。

一方、バルトはその著書「明るい部屋」で「写真とは他人の視線で自分の外見と直面すること、つまり鏡でみたのとは違う、自分が完全にイメージになってしまったという、死の化身となったことだ」といっている。兵士はまさにこれだったのではないか。

 

ここにもう一冊の写真集がある。武田花の「眠たい街」という写真集だ。武田花は「ひかりごけ」の小説家武田泰淳氏と随筆家武田百合子の長女である。

彼女が80年代に撮りためた写真を集めたものだ。

何故この写真集を取り上げたのか。恐らく、何も知らない人はこの廃墟の様な景色に嫌悪感さえ覚えるものの、何回も見返したいとは思わないのではなかろうか。

私はこの写真集の街で暮らしていた。だからこの街の衰退を知っている。私にはこの廃墟の様ながらんどうの空気の中にも、ここで暮らしていた人々の息づかいが聞こえてくる。

 

この街は戦後繊維業で栄え、北関東の上海とまで持ち上げられ街は活気を帯びていた。私の幼かった頃には郊外の農家が絹糸をリヤカーに載せて織物工場に運んでいた。

多くの職工がいた。出稼ぎで来ているものも多かった。彼らは給料日になると如何わしいネオンの煌めく歓楽街に薄給を握りしめて消えて行った。この廃墟に見える街の残映の向こう側に、当時の人々が私には重なって見えるのだ。

 

そう写真はその観る人によって様々な感情を呼び起こす。その感情とは見る者個人の歴史と密接に結びついている。では写真はあくまで見る者個人としてのよりプライベートな性格なのかと言われればそうでもないものもある。多くの見るものに共感と感動を与える写真である。恐らくキャパはそれだろう。


こうした写真はその見る人達がいる社会のシステムに影響される。いわば時代の空気感とでも呼べるものかもしれない。

私は今でも、銀行に置かれた(当時アサヒグラフは銀行に置かれた書籍の代名詞だった)アサヒグラフに載っていた一枚の写真を覚えている。その写真は爆撃で村を焼かれて逃げ惑う人達を撮ったものだった。ベトナム戦争がどのようなイデオロギーと政治システムによって引き起こされたものなのか知る由もない子供でも、その戦争がどんなものか想像できた。後世になってその写真はアジア系の通信社のカメラマンが写したもので、ナパーム弾で必死に逃げ惑う住民を写したものだと知った。

カメラマンの名前もその通信社の事もすっかり忘れてしまってもその写真の事は覚えている。そう実際にそこに立ち会っていないものが、私によって客体化され「死」した。一方、彼らは私の意識の中で再構築される。写真は「死」と「再構築」の作業そのものではあるまいか。