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2014年12月4日木曜日

好きこそものの上手なれ

 我が社のスタッフA女史が私の薦めた本を寝る前に読むとお腹が空いて困るというのである。
幸せな気持ちにはなるがどうにもこうにもお腹が空いて終いには読んだことを後悔するのだそうだ。
それは困った。確かに平松洋子女史の文章は平易でしかも写真付きであったりするので目からすっと胃の中に収まってしまう。

 ならばと私が用意したのは開高健氏のエッセイである。

 日本の文壇において氏の食と釣りに関するエッセイは三指に入ると思っている。氏は生前、物書きたるもの筆舌に尽くしがたいなど言語道断、筆舌に尽くすのだと言っている。

 氏は同時に物書きたるもの筆を錆びさせることは出来ず、味覚をペンでなぞることは勉強になると言っている。

 この辺りを勘案すると氏は自分の好きな釣りと食のエッセイを書くことで、本業の小説のためのアイドリングをしていたのではないかと私は睨んでいる。

 ヘミングウェイも同様だ。ただ、彼は本業の小説の中に己の好きなことを挿入し楽しんでいる。海流のなかの島々であそこまでマーリンの種類や生態を細く書き連ねる必要もないのに嬉々として書く。

 しかし、人間このアイドリングをしている間はストレスがなく(好きなことをしている)自由な発想が次から次へと浮かんでくるのではないか。

 この最後の晩餐とて初めは食のことを書いていたかと思えば、話はカニバリズムから秦の始皇帝に飛び最後はもうお腹いっぱいとペンを置く。

 これならば読者は食べ物の妄想にとりつかれるしまもなく読了してしまうだろう。

ただし頭の中がメリーゴランド宜しくクルクル周りマリ・アントワネットやマザーテレジアがしおからやなれずしを食べ、エスコフィがブルーストにアブ社のリールで釣り上げたあんこうのパンパンに張り切った肝を蒸し器で蒸し上げ食べるのを見て、心性のの内幕に潜む徹底的なアナキストの影に怯えていたのだとして眠れなくなっても知らない。

 土桜の名刺がしおり代わりなのはいただけない。




2014年11月18日火曜日

「GDP」ショックとアベノミクスの終焉

 昨日、四半期ベースの「GDP」の速報値が発表された。民間の予測よりかなり悪い数字が出たということで市場は混乱し、株価は下がった。それよりも私は民間は何を根拠にそんな甘い見立てを建てたのか不思議でならない。

 安倍さんが首相になった時にアベノミクスを影(影でもないか)で支えている浜田氏の著作を読んだ。デフレ脱却には個人消費を持ち上げるために、企業の賃金を上昇させGDPを底上げすることは理解できるが、今回は消費増税や円安により賃金上昇分は相殺されるどころかマイナスになり消費者の財布の紐はさらに固くなってしまった。

 浜田氏は2014年の消費増税をもっと慎重に論議すべきだったと言っている。原則的に消費増税とGDPは関係ない。しかしながらマインドには大きく影響する。風邪ならまだしも肺炎が完全に治っていないのに無理をしたように状況が悪化する恐れがあると。

 そして成長戦略を急がねばならぬとも警鐘している。株価や資産バブルのみ膨れ上がっている現在のアベノミクスを揶揄しているのだ。既に安倍さんは自らの判断の甘さを今になって気づいただろう。消費税の先送りがその良い例だ。

 しかし遅すぎた。デフレ脱却には「明るい未来」が必要である。国民は「明るい未来」が見えないのだ。そもそも消費税を財源に財政再建して年金や福祉に当てる約束だったのではないか。国民はそれなら仕方ないと消費税アップを容認していたのに、さらに将来に暗雲が垂れこめる。選挙用の姑息な手段にしか見えない。

 3.11は日本経済に残された最後のチャンスだったのかもしれない。未曾有の大災害により、国民は経済成長より大切なものを学んだ。その時こそエネルギーを中心にした国、民間総力戦のイノベーションのチヤンスだったのに政策は手付かずのままだ。

 私も東京オリンピックまではゆるやかな回復傾向が続くかもしれないと言っていた。オリンピックはカンフル剤になるのではと考えたからだ。しかし考えてみるとデフレ不況により人材を縮小してきた建設業界は人出が足りない。そう簡単に増員できない。さらに東北復興のため資材も足らない。そしてこれらを担うのは超大手のみで、一般の住宅を建築している企業からは人材難、資源高の悲鳴も聞こえる。

国民は馬鹿ではない。国民は実体経済が上向いていないことを体で感じている。だから中身の無いアベノミクスにそう簡単にはダマされないのだ。

 中国は今日、オーストラリアとのFTP妥結を決めた。さらに上海の証券取引所の取引規制も大幅に緩和し門戸を開放した。隣国とはいえ圧力団体に表集めを頼むかわりに圧力団体の代弁者となりビジョンを持たないこの国の政治家と比べるのはどうかと思うがあまりの違いに落胆する。アベノミクスの終焉それは何を意味するのか・・・




2014年11月18日






2014年11月4日火曜日

柿の木は残った

偶然、生まれ故郷に立ち寄る機会を得ました。老舗の鰻屋で昼食を食べ終えた後、まだ時間が少しあるのでお世話になっている叔父に大好物の高野の忠次漬けをお土産に買い求めた後、市内を車で散策しました。

以前来た時には写真家の武田ハナ女史が「眠った街」と題したように、まるで時が止まった街のようでしたが、今回はシャッター通りは相変わらずですが、ポツン、ポツンと新しい若者の店も点在し、人の往来も増えたような気がします。

小学校からの帰り道、母に何回叱られても捨て犬を拾ってきた織姫神社、その隣にあった新川球場跡の公園。

小中学校は統合され名前は変わってしまいましたが、まだ同じ場所にあります。男子校だった高校は男女共学になりました。

無くなったと思っていた祖母が好きだった鰻屋さんも健在です。「宮本」と間違って名前を覚えていましたが、「山本」が正しかったようです。下着姿の店主が腕組をしていました。今度、そちらに寄ってみましょう。私の鰻の原点ですから。

生家の2軒となりにあった中華料理店兼洋食店も健在です。こちらも私の味の原点です。

犬の休憩に渡良瀬川の堤防に経つと、よく登った吾妻山やその途中にあるトンビ岩が遠望できます。

東北大に行ったS君とよく柿泥棒をした柿の木が廃屋になった工場の横でたわわに実をつけていました。

45年以上経っているのに同じ柿の木なのでしょうか。それとも誰かが新しく植えた木なのかわかりませんが、同じ場所に柿の木はありました。








2014年9月29日月曜日

自己愛中心と幼児化する日本


電車の中でひと目を気にせず化粧をしたり、床に座り込む高校生を前に自己愛中心的な日本人が増えたとそんな日本の風潮を嘆いたことがあったが、昨日もまさしく同じような光景を目にした。
そもそも私は田舎から上京する時にある大人から言われたことがある。それは人里離れた田舎で一生暮らすならまだいいが、都会には都会のルールがある。それを無視して暮らそうとすれば大いなる田舎者としてまわりから蔑まされ最終的には故郷を貶めることになると。
それが理由ではないが、子供を育てるにあたって、世間に迷惑だけは掛けないようにしてきた。それは妻も同様で、電車の中で兄弟喧嘩をすれば電車から降ろし、ホームの人の迷惑にならないところで何故電車の中で喧嘩をしてはいけないのか当人が理解するまで諭した。結果、勉強でもスポーツでも途中で投げ出してしまうようなことはさせなかった。
子供は自由に育てれば良いというのは幻惑だ。社会に出て組織で働けば容易に理解できるが、そうした教育を受けていない人間は組織や社会からふるい落とされる。そして社会から爪弾きにされる。
昨日も飲食店で駄々をこね泣きわめく子供を一向に注意しない両親がいた。他の客に迷惑になっているのに気にも留めないその夫婦は似た者夫婦なのだろう。しかし、子供が大きくなったときまた同じようなことを繰り返し、いつまでたってもうだつのあがらない大人になることは間違いがないが、当の親たちがそうだったように負の連鎖は連続することを知らないのだ。大いなる田舎者と蔑まされていることに。











2014年9月19日金曜日

Straight No Chaser


 男がこの言葉を知ったのは20歳の時だった。男は高円寺にあった小さなジャズバーに入り浸っていた。ある晩店内に流れていたその曲がTHELONIUS MONKStraight No Chaserだとマスターから教わった。そして辞書でChaserの意味を調べてみるとアメリカとイギリスでは使い方が違うということも分かった。アメリカでは強い酒を飲むときの水やコーヒー、牛乳などを指すと辞書に書かれていた。一方、イギリスではその反対、強いお酒を指すと出ていた。日本ではどうなのかマスターに聞いたがマスターは笑って答えなかった。

男はその店でバーボンの味を覚えた。大きな酒屋に行ってもまだバーボンの種類の多くない時代だったのにその店にはEvan Williamsというバーボンが置いてあった。焦がした樽香のするその味はワイルドターキーやジャックダニエルより力強く、ほんの少し酸味を感じるものだった。男がその酒のファンになるのに時間は掛からなかった。

THELONIUS MONKには伝説のような逸話が多いとマスターから教わった。マイルス・デイビスとセッションをしていたとき、THELONIUS MONKは急に演奏をやめてしまった。今度はそれに腹を立てたマイルスがTHELONIUS MONKの演奏中、急にトランペットを吹き始めたというのだ。それ以来、二人は犬猿の仲といわれ一緒に録音もセッションもしなかったというのだ。もっともこの話は後日談があって、話は単なる邪推で、最初からマイルスがピアノの演奏を止めるようにお願いをしていたと訂正されたが、ようするに人々にそう思わせるTHELONIUS MONKがいたことは間違いがない。

ジャズファンとしも有名な村上春樹氏が今月下旬に「セロニアス・モンクのいた風景」という本を上梓する。殆どの氏の本を持っているその男は早速予約した。
何故なら、男はTHELONIUS MONKが生きていた時代を知らなかったからだ。その知らない時代を村上春樹氏のペンによってどう理解させてくれるのか、そう、青豆が3号線から見える建物は西陽があたりベランダにゴムの木が置いてあると表現したように、言葉により景色や登場人物の心証まで送り届けたように、男の知らない時代を垣間見ることが出来れば嬉しいと密かに期待しているのだ。


2014年9月11日木曜日

コアコンピタンスと社会貢献

昨日、やっとテスラモータースのモデルSが日本でデリバリーされました。思い返せば2011年に逗子マリーナでテスラモータースのスポーツバージョンに同乗させてもらってから3年が経ちます。その間にハリウッドでモデルSの実車を偶然発見し、日本に帰ってきてからは実際にこの車に試乗する機会も得て、どれほどこの車が先進的で斬新であるかよく理解しているつもりです。

実際にその間に様々な車を試乗する機会がありました。パナメーラ、911、アストンマーチン、ジャガーF、コルベット・・買える買えない、買う買わないは別としてもどれも素晴らしい車でありガソリンエンジン車としては優秀でした。
しかしながらどの車も既存の枠の範囲内でイノベーションという言葉は当てはまりません。BMWに至っては自社の電池走行距離や充電システムの理由からもし途中でその必要が応じたら同社のネットワークで別の車を貸し出す有償のサービスまで売りだしたくらいです。これには失笑してしまいます。

ところがテスラモータースはこのモデルSの次にモデルXというSUVを発売することを謳っており、さらにその先にはモデルSの半額近いモデル3を用意しているというのです。そしてテスラ社の営業利益は四半期を除いて全て赤字にも関わらず株価の時価総額は35000億円という数字です。如何に市場が期待しているかこれからも分かります。

その強みはまさに電気自動車の心臓部、つまりバッテリー電池の技術にあります。他社の追随を許さないそれはコアコンピタンスであり同社の最大の強みです。他社が50キロ100キロの走行のところ、同社は500キロ走れるのですからその違いは一目瞭然です。

そしてさらに驚くのはその技術を他社に与えても良いということなのです。何故そうのようなことを言い出したのでしょう。クックCEOは将来悔やむかもしれないと言っていますが、それこそ自信の現れであり、イノベーションを続ける信念を持っている左証なのです。

電気自動車の市場は一向に大きくなりません。何故なら、実用に耐えうる技術が進んでいないからです。官公庁では環境問題もあり、実際に一部導入していますが、50キロしか走れない車を農村や山奥で走らせる訳にはいかず手を焼いていると言う声を耳にします。

同社のイノベーションの原動力はこうした社会インフラを整備させ電気自動車を実用可能なものにしてマーケットを創造することなのです。その理想があるからこそ生まれた産物であり、その理想(社会的貢献)そのものがイノベーションの解なのかもしれません。


2014911日た 29歳になる娘の誕生日にかえて










2014年9月8日月曜日

連帯について

私が大学に入学した頃には大学紛争は見る影もなく、その遺影さえ存在しない時代でした。そのような環境からかイデオロギーや政治的議論をするということはもはや時代遅れ、負の産物と考えていたのか分かりませんが、極端な理念、信条というものにはどうも胡散臭さを感じてしまうのです。

ところが近年、原発事故後の国民の反応はそうではなく、良くも悪くも黒白をはっきりつけるような、絶対感覚でモノを言う人を多く見るようになったのです。
首相官邸前で反原発を訴える人も自分たちは正しいことをやっていると信じきっているようで、彼らのデモのせいで迷惑を受けている人のことなど毛頭にないといった感じです。どうもこの手の政治的思想には私は嫌悪感を抱いてしまうのです。

断っておきますが原発が良いと言っている訳ではありません。ただ、どんな物事にも良い面と悪い面があるようにこの問題もそんなに簡単に割り切れるものでもないし、第一今までこうした政策で恩恵を受けていたのは私達の訳ですから、それを棚上げにして論ずるというのはあまりに虫のいい話だと思ってしまうのです。

養老孟司氏が近著の中で良いことを言っていました。人間なんて地図の上の矢印程度のもので、生きているのではなく生かされていると。原発推進にしても、反原発にしても口角泡を飛ばしながら持論を展開される多くの方々はこの地図上の矢印などではなくて自らが壮大な地図を作っていると考える人なのではないでしようか。

私が入社試験の面接をしていた頃、必要以上にオリジナル性を強調する若者が多かったのです。そういえば通りが良いと思ったのか、何かの就職本に書かれていたのか不明ですがとにかく多かったのです。私はへそ曲がりなのでそういう輩には多くの点数を付けませんでした。オリジナル、オリジナルといったところでそんなにオリジナルが大切な訳ではないし、組織というもの同じようなカラーでないと上手く機能しません。さらにそういう輩が如何に仕事が出来ないか分かっていたからです。仕事のできる人は声高にオリジナル性など強調しなくともさらっと出来てしまうのです。

戦後の民主主義は自由と平等を教えてきました。しかし本当に自由と平等な社会なんて存在するのでしょうか。現実には格差は拡大しています。教えられた自由と平等がもはや夢と分かったこととこうした極端な白黒をはっきりさせる風潮が生まれ始めたことは決して偶然ではないような気がするのです。