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2011年4月8日金曜日

原発問題と日米安全保障

U先生のブログに原発は「荒ぶる神」であり、ヨーロッパの人々は経験知と一神教的マナーを総動員して、拝跪したのであるが、日本では「神の火」は「アメリカの火」であり、それが日米安全条約に託した日本人の霊的機能だっというのである。

詳しくはこちら→http://blog.tatsuru.com/

よって、外来の恐るべきものに対してその代理人におべっかを使うことで圭角を削ろうとした。

なるほど怖がりの日本人が敢えて恐るべきでないものとして現実に馴染ませたのだと結論している。

確かに、先生の日本人論からするとそういうことになりましょうか・・・


しかし、ここで私は考える。そもそも今日のインターネットによる情報革命以前は、情報は偏在し、一般国民の情報のリテラシーを考えれば、思惟したとは考えにくのではと思う。

もっとも一言付加するとすれば、マスコミや政治家は「荒ぶる神」の本質を哲学する必要があったと思う。「お金になりまっせ」と茶化すことで、自分を欺いたという判断であるが、一部の人はそうかもしれない。

我が国のトップは文系である。理系出身者であっても文系である。これはヒエラルキーを構築する我が国の組織を利用するには文系的アマルガムな手法が必要だからである。スノウのいうようにこの乖離が叫ばれて久しい以上、技術的なコンテクストは意味がないのだ。だから、情報は極度に組織にとって都合のよい、ディストリビューションを構築するのではないか。

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