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2012年1月31日火曜日

RELEASE 手放すこと

プライベートプラクティスとして好き勝手な事をしている自分に必然的にリリースのときは訪れます。

どんなに仲良く見えても、どんなにその時真剣に接していてもその輪が私の和と交わらないときにはリリースしなければなりません。

若い時はこれが出来ずにもがいておりました。どうにかして繋ぎとめたいと自分の思考も行動も顧みずに嫌われたくない一心で・・・・

この歳になって思うのです。そうやって繋ぎとめる縁は所詮、縁なき縁であったと・・・いつかは離れて行くものなのです。

人間は一様には歳をとりません。環境、経済状態、家族環境、夫婦関係・・・色々な因子によって歳のとり方は千差万別です。

同じ古希でも、Sパパのような歳のとり方(精神性の若さ、見識の深さ)もあれば、大企業という名刺にしがみついた昨日の御仁のような方もいます。

私は結構神経質で(結構どころではない??)よく夢を見ます。しばらく前までその夢を記録していましたが、良く見る夢は数人から裏切られる夢です。プライベートプラクティスとして好き勝手しているのだから仕方がないと思われるでしょうが、案外小心なのです。

でも昨日は一切夢も見ませんでした。つまり、リリース出来たのです。

私は真の当事者ではありませんが、我が社のスタッフにもこの心持を伝授しましょう。自分のことのように真剣に対峙した時ほどこの心持の重要性がわかる筈です。

人間死ぬ時は全てをリリースして死んで行くのです。今大切と思っていることも一切あちらには連れて行けないのです。連れていけるのは自分の記憶だけです。その記憶さえも朦朧としておぼろげに消え失いながら混沌の世界に入って行くのです(エミール・ウングワレーの絵のように)

リリース出来たのです

私はこの句が好きです。十返舎一久です。

この世をば、どりゃおいとまに線香の煙と一緒に、ハイ(灰)、さいなら

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