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2012年1月31日火曜日

犬を飼うということ

小さなころから捨て犬を拾って来ては飼っていました。当時の飼い方ですから玄関横に犬小屋を建てて鎖につないで飼っていました。散歩なんて適当でした。

最後に拾った犬はチコといい、クル病が分かって動物病院に連れて行きましたが、動物病院に行ったのはそれ一回きりでした。

私が上京し、母が病気にかかりチコは山里に貰われて行きました。

チコはさくらに似ています。四つ目で怖がりで、寂しがりやでした。

それから15年犬は飼いませんでした。15年経って我が家にやってきたのがジーニーです。

ジーニーは7年で虹の橋に旅立って行きました。いささか早すぎました。でも、彼女は一人でみんなの愛情を独占していました。日曜日の散歩は半日近く一緒に過ごしていました。

彼女の後にやってきたのがセプとさくらです。

ペットについては色々な意見があります。所さんはペットは家族じゃないと言い切ります。確かに息子や娘が死んで次の子供を育てたりしませんし、妻の代わりと言う訳でもないでしょう。

でも、でもですよ、人間だって所詮、生まれながらにして死に向かって歩み始めている訳ですよ、人間も犬も大差ないじゃないですか、私は純真な犬のほうがある種の人間よりよほど高貴だと思います。だって自分の損得のために人や仲間を裏切らないでしょう。

セプとさくらはそれぞれ11歳と9歳です。十分な高齢です。ジーニーの時のように家族全員が横一列という訳にもいかず、娘や息子も帰りが遅く、かまってあげられる時間も短いですが、生きている限り彼ら、彼女らとの接する時間を大切にしたいと思うのです。

ドクターFの気持よく分かります(笑)

もし彼らが死んだら、とても悲しむでしょう。でも、ずっと一緒に遊んであげられたという自負にも近い満足感が悲しみを癒すはずです。可愛い愛犬を飼っている人は自分以上にその子を愛せるとは思わないはずです。

よぼよぼになって自分の足腰が立たなくなっても犬を飼い続けるでしょう。私が一番愛せると思う内は・・・・



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