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2011年3月20日日曜日

嬉しい知らせ  宮古・塩竈

宮古の義父の姉が無事のようだと盛岡の兄弟より便りが伝わってきました。

宮古では駅まで被害は及んでいないので家は残ったようです。ただ本人と連絡が取れている訳ではないので伝聞ですがホッとしました。

塩竈のお世話になっている人に電話をすると、こちらも被災しなかったとのこと安心しました。

でも教え子の中には連絡が取れない人もおり、心配していると言っていました。被災の中の被災の言葉です。温かい思いやりです。疎開する人とは大違いです。

今回の震災の中で心奪われた映像が伝わってきました。最愛の家族を亡くしながらも、住民のために働いた人、取り残された人に安否を伝えるべく必死に手紙を届ける郵便配達の人、国民のために命を賭して原発の放水に当たっている人、誰一人名もなき人です。政治家には一人もおりません。国民の板塀になる人はいないのです。私達はこの光景を目に焼き付け、日本の再生に何が必要か熟考しようではありませんか。

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