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2015年4月22日水曜日

捨てる神あれば拾う神もいる

先日、テレビを観ていて時代の寵児から塀の中の人と若くしてジェットコースターのような人生を経験した人が良いことを言っていました。

「過去にとらわれず、未来を悲観もせず、今を精一杯に楽しく生きよう」という言葉です。

私のようにとうに乂年を過ぎた人間は共すると自分の成功体験や経験から物事を判断しようとします。変わり続けている社会でそんな事何の意味も持たないのにです。

そしてそうしたことがバイアスとして未来を悲観したり、必要以上に矮小に評価したりするのです。

そんなことどうだって良いというのがこの言葉の核心です。今を精一杯生きていない人には幸福は決して訪れないのです。

よく言うじゃないですが、「捨てる神あれば拾う神もいる」と・・・物事は全て相対的、絶対的ではないのです。

ただ、その人は番組の中で自分は人に説明をする時自分のことを話さなかったのが、失敗の一員だと言っていましたが、確かに相手の共感をよぶために自分の過去や失敗談を披露することは、戦術の一つですが、その事が戦術だと見透かされた時に相手は更に殻を固く閉ざすことを彼は分かっていませんでした。まだ、頭で考えて行動している証拠です。

柳のように風に揺れながら、それでも折れず、靭やかさで生き抜く、そんな風になりたいものです。

勁草それが私の目指すところです。


2015年2月12日木曜日

イノベーションのディレンマ

 クリステンセンのこの言葉を引用するまでもなく、我々がイノベーションの渦中にいるとそのイノベーション自体を実感できないばかりか、イノベーションが起こっているその事実さえ忘れてしうことが多い。
 20世紀は自動車の時代だったと行っても過言ではない。自動車を作り、売ることで企業ばかりか国も巨大な利益を上げてきた。何故、巨大な利益を上げることが出来たのか。それはこの産業の持つ構造的特異性に他ならない。自動車は他の工業製品以上に複雑で多様な部品を必要とする。よって自動車メーカー本体に多くの関連業者がまるでクリスマスツリーの飾りのようにぶら下がっている。従業員の数名程度の零細業者から何兆円も売り上げる部品メーカーまでありとあらゆるところにその枝は広がっている。
 こうした巨大な物づくりは為替という外敵要素により、一国市場主義からグローバルな物づくりへと転化されたがその根幹は変わらない。
 日本ではトヨタが水素燃料車の開発に躍起になっている。国もこれを後押しするというが、ドイツのBMWなどはいち早く開発に取り掛かったが、結局その開発は頓挫した。
 数年前に西海岸のテスラモーターの車を試乗する機会を得た。色々な車に乗った私が一番驚いた。もはや既存の自動車の概念では語れないところだ。エンジンがないということは部品数は10分の一いや20分の一かもしれない。そして壊れるところが少ない。
 さらにテスラが見据えているのは自動運転機能だ。ドライバーが居眠りをしても安全に目的地まで到着することが出来る夢の様な機能だ。もはや20世紀の自動車とは全く別の乗り物である。
 国内の多くのメーカーはその優位性を認識しながらも一歩踏み出せずにいる。当然といえば当然の帰結だ。自らの首を絞めアポトーシスを起こさせるこんな強力な思想は売れ入れられないのは当然だ。まさにイノベーションのディレンマである。
 しかしどうだろう、現在の若者の多くは車に夢を抱かない。エンジンフィールがどうの、吹け上がりがどうのとエンスー宜しく拘るのはおじさん達だけだ。若者は快適に移動できれば良いと考えている。ボンネットのエンブレムもブランドも関係ない。ならばこのイノベーションが広がっていくのは時間の問題なのではなかろうか。
 一人水平対向6気筒のエンジン音を聞きながら音のない車の明日を思うこの頃である。

2015年2月




2014年12月15日月曜日

職業に貴賎なし

私にも今思うと何て馬鹿な事を言ったのか、恥ずかしくて穴があったら入りたいようなことがあります。

小学生の頃だと思うのですが、クラスの中に家が鮮魚店を営んでいる女の子がいました。その子はいつも活発で明るい女の子でした。勉強はまあまあでしたが運動神経は良く、皆の人気者でした。私はあるとき皆で話している時に「何か魚臭くない」と言ってしまったのです。もちろん悪気があった訳ではありません。ただ、その時のあの女の子の寂しそうな目とその輪の中からいつしかいなくなっていたあの子をずっと忘れることは出来ませんでした。

それ以来、職業に貴賎なし、たとえ親がどんな職業に付いていたとしてもその事で差別するようなことはしないと思ったのです。

若い頃には色々なアルバイトを経験しました。割の良い家庭教師のアルバイトに始まり、街頭のティッシュ配り、予備校の試験官、スナックのバーテンダーなど職種は本当に様々でした。
あるとき土方のアルバイトをしている時のことです。お昼に焼肉屋さんに入ろうとするとあからさまに嫌な顔をされた事があります。確かに夏の作業で汗びっしょり、泥だらけですが、一応着替えて入ったにも関わらず、ごく普通のその焼肉屋の親父は汚いものがきたというような顔をしたのです。世の中、差別が至るところに存在するのだと怒りとともに感じたものです。

それから数十年が経過し、母校のある集まりに出向いた時のことです。私達よりずっと年上の先輩がある組織を作ったというのです。その組織に加入できる条件は「一部上場企業の部長以上の経験者に限る」と言うのです。自分が蚊帳の外ということより、いい大人がそんな条件の会を組織する、その低能ぶりに悪寒が走りました。若いころに私達を蔑視したあの焼肉屋の親父と同じ目です。隣国の人に対するヘイトスピーチと根は同じです。

そんな差別は実は日本人のもっとも得意とする「そねみ」と共通するのです。
政治家の資産公開がなされるようになりました。政治家も如何に自分の資産が少なく、庶民的であるかを装うのに躍起になっています。恐らく国民の「そねみ」を買わないためでしょう。
残念です。いつになったらこの国は賞賛の国になるのでしょう。これでは三等国とレッテルを貼られても仕方ありません。差別がなくならない限り。







2014年12月4日木曜日

好きこそものの上手なれ

 我が社のスタッフA女史が私の薦めた本を寝る前に読むとお腹が空いて困るというのである。
幸せな気持ちにはなるがどうにもこうにもお腹が空いて終いには読んだことを後悔するのだそうだ。
それは困った。確かに平松洋子女史の文章は平易でしかも写真付きであったりするので目からすっと胃の中に収まってしまう。

 ならばと私が用意したのは開高健氏のエッセイである。

 日本の文壇において氏の食と釣りに関するエッセイは三指に入ると思っている。氏は生前、物書きたるもの筆舌に尽くしがたいなど言語道断、筆舌に尽くすのだと言っている。

 氏は同時に物書きたるもの筆を錆びさせることは出来ず、味覚をペンでなぞることは勉強になると言っている。

 この辺りを勘案すると氏は自分の好きな釣りと食のエッセイを書くことで、本業の小説のためのアイドリングをしていたのではないかと私は睨んでいる。

 ヘミングウェイも同様だ。ただ、彼は本業の小説の中に己の好きなことを挿入し楽しんでいる。海流のなかの島々であそこまでマーリンの種類や生態を細く書き連ねる必要もないのに嬉々として書く。

 しかし、人間このアイドリングをしている間はストレスがなく(好きなことをしている)自由な発想が次から次へと浮かんでくるのではないか。

 この最後の晩餐とて初めは食のことを書いていたかと思えば、話はカニバリズムから秦の始皇帝に飛び最後はもうお腹いっぱいとペンを置く。

 これならば読者は食べ物の妄想にとりつかれるしまもなく読了してしまうだろう。

ただし頭の中がメリーゴランド宜しくクルクル周りマリ・アントワネットやマザーテレジアがしおからやなれずしを食べ、エスコフィがブルーストにアブ社のリールで釣り上げたあんこうのパンパンに張り切った肝を蒸し器で蒸し上げ食べるのを見て、心性のの内幕に潜む徹底的なアナキストの影に怯えていたのだとして眠れなくなっても知らない。

 土桜の名刺がしおり代わりなのはいただけない。




2014年11月18日火曜日

「GDP」ショックとアベノミクスの終焉

 昨日、四半期ベースの「GDP」の速報値が発表された。民間の予測よりかなり悪い数字が出たということで市場は混乱し、株価は下がった。それよりも私は民間は何を根拠にそんな甘い見立てを建てたのか不思議でならない。

 安倍さんが首相になった時にアベノミクスを影(影でもないか)で支えている浜田氏の著作を読んだ。デフレ脱却には個人消費を持ち上げるために、企業の賃金を上昇させGDPを底上げすることは理解できるが、今回は消費増税や円安により賃金上昇分は相殺されるどころかマイナスになり消費者の財布の紐はさらに固くなってしまった。

 浜田氏は2014年の消費増税をもっと慎重に論議すべきだったと言っている。原則的に消費増税とGDPは関係ない。しかしながらマインドには大きく影響する。風邪ならまだしも肺炎が完全に治っていないのに無理をしたように状況が悪化する恐れがあると。

 そして成長戦略を急がねばならぬとも警鐘している。株価や資産バブルのみ膨れ上がっている現在のアベノミクスを揶揄しているのだ。既に安倍さんは自らの判断の甘さを今になって気づいただろう。消費税の先送りがその良い例だ。

 しかし遅すぎた。デフレ脱却には「明るい未来」が必要である。国民は「明るい未来」が見えないのだ。そもそも消費税を財源に財政再建して年金や福祉に当てる約束だったのではないか。国民はそれなら仕方ないと消費税アップを容認していたのに、さらに将来に暗雲が垂れこめる。選挙用の姑息な手段にしか見えない。

 3.11は日本経済に残された最後のチャンスだったのかもしれない。未曾有の大災害により、国民は経済成長より大切なものを学んだ。その時こそエネルギーを中心にした国、民間総力戦のイノベーションのチヤンスだったのに政策は手付かずのままだ。

 私も東京オリンピックまではゆるやかな回復傾向が続くかもしれないと言っていた。オリンピックはカンフル剤になるのではと考えたからだ。しかし考えてみるとデフレ不況により人材を縮小してきた建設業界は人出が足りない。そう簡単に増員できない。さらに東北復興のため資材も足らない。そしてこれらを担うのは超大手のみで、一般の住宅を建築している企業からは人材難、資源高の悲鳴も聞こえる。

国民は馬鹿ではない。国民は実体経済が上向いていないことを体で感じている。だから中身の無いアベノミクスにそう簡単にはダマされないのだ。

 中国は今日、オーストラリアとのFTP妥結を決めた。さらに上海の証券取引所の取引規制も大幅に緩和し門戸を開放した。隣国とはいえ圧力団体に表集めを頼むかわりに圧力団体の代弁者となりビジョンを持たないこの国の政治家と比べるのはどうかと思うがあまりの違いに落胆する。アベノミクスの終焉それは何を意味するのか・・・




2014年11月18日






2014年11月4日火曜日

柿の木は残った

偶然、生まれ故郷に立ち寄る機会を得ました。老舗の鰻屋で昼食を食べ終えた後、まだ時間が少しあるのでお世話になっている叔父に大好物の高野の忠次漬けをお土産に買い求めた後、市内を車で散策しました。

以前来た時には写真家の武田ハナ女史が「眠った街」と題したように、まるで時が止まった街のようでしたが、今回はシャッター通りは相変わらずですが、ポツン、ポツンと新しい若者の店も点在し、人の往来も増えたような気がします。

小学校からの帰り道、母に何回叱られても捨て犬を拾ってきた織姫神社、その隣にあった新川球場跡の公園。

小中学校は統合され名前は変わってしまいましたが、まだ同じ場所にあります。男子校だった高校は男女共学になりました。

無くなったと思っていた祖母が好きだった鰻屋さんも健在です。「宮本」と間違って名前を覚えていましたが、「山本」が正しかったようです。下着姿の店主が腕組をしていました。今度、そちらに寄ってみましょう。私の鰻の原点ですから。

生家の2軒となりにあった中華料理店兼洋食店も健在です。こちらも私の味の原点です。

犬の休憩に渡良瀬川の堤防に経つと、よく登った吾妻山やその途中にあるトンビ岩が遠望できます。

東北大に行ったS君とよく柿泥棒をした柿の木が廃屋になった工場の横でたわわに実をつけていました。

45年以上経っているのに同じ柿の木なのでしょうか。それとも誰かが新しく植えた木なのかわかりませんが、同じ場所に柿の木はありました。








2014年9月29日月曜日

自己愛中心と幼児化する日本


電車の中でひと目を気にせず化粧をしたり、床に座り込む高校生を前に自己愛中心的な日本人が増えたとそんな日本の風潮を嘆いたことがあったが、昨日もまさしく同じような光景を目にした。
そもそも私は田舎から上京する時にある大人から言われたことがある。それは人里離れた田舎で一生暮らすならまだいいが、都会には都会のルールがある。それを無視して暮らそうとすれば大いなる田舎者としてまわりから蔑まされ最終的には故郷を貶めることになると。
それが理由ではないが、子供を育てるにあたって、世間に迷惑だけは掛けないようにしてきた。それは妻も同様で、電車の中で兄弟喧嘩をすれば電車から降ろし、ホームの人の迷惑にならないところで何故電車の中で喧嘩をしてはいけないのか当人が理解するまで諭した。結果、勉強でもスポーツでも途中で投げ出してしまうようなことはさせなかった。
子供は自由に育てれば良いというのは幻惑だ。社会に出て組織で働けば容易に理解できるが、そうした教育を受けていない人間は組織や社会からふるい落とされる。そして社会から爪弾きにされる。
昨日も飲食店で駄々をこね泣きわめく子供を一向に注意しない両親がいた。他の客に迷惑になっているのに気にも留めないその夫婦は似た者夫婦なのだろう。しかし、子供が大きくなったときまた同じようなことを繰り返し、いつまでたってもうだつのあがらない大人になることは間違いがないが、当の親たちがそうだったように負の連鎖は連続することを知らないのだ。大いなる田舎者と蔑まされていることに。