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2010年7月28日水曜日

マルティン・ハイデッガー Martin Heidegger




マルティン・ハイデカーは高校生の頃、カント、アリストテレスと読み続けてその次に読み始めましたが当時は全く歯が立ちませんでした。

大学生の頃にも数回読み始めましたがやはり挫折しました。

数年前、よい訳本があると聞いたので読み進めたら、この「存在と時間」はもしかしたらハイデカー自身おおきな風呂敷を広げて構えてみたものの、論考すればするほどそのものの得体の知れぬ大きさと、可塑性に畏れおののいているのかなと感じたのです。

つまり、ハイデカー自身きちんとこの問題に解を得ていないままなのです。

そう考えると今までのハイデカーを理解したいと言う「欲望」のため、視界不良を起こしていた自分に思いをはせるのでした。

夏バテ気味の体に清涼なアンプル剤です・・・・・・・・・・

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