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2011年3月26日土曜日

原発問題における 情報のリテラシー

以前、逃げたい奴は逃げれば良いし、逃げたくない奴は逃げなければ良いと言ったのは、決して投げやりの気持で言ったのではありません。

息子たちの仲間内では色々な情報が飛び交っているようです。テレビでは大丈夫と言っている教授も生徒には逃げろと言っているようですし、また逆もあるようです。

今日も息子は研究室から鎌倉に直帰して、うな豊のうな重を食べ、赤みそのなめこ汁を美味しそうに平らげて、浴室でオペラを気持ちよさそうに歌っています。

私が言いたいのは世の中で起こることは予測不可能ということです。最悪の場合には、すべての原子炉が抑制できない状態となり、半径50kmは30年間無毛の地となることも考えられますし、よく行って抑制できたとしても電力低下による経済的損失は莫大なものになり予測など出来ません。

私たちはどうなろうと生きているのです。結局、今できることをするしかないのですよ。先の変化が怖いから何もしないではなく、どんなことでも今ある自分が一番と思って判断して行動しているならそれが正解ということになります。

糸井重里さんがすごく良いことを言っていました。自分の中のリーダーは自分ですか?

禁煙したくても禁煙できないのは自分がリーダーでないからだそうです。なるほどその通りです。

結局、自分ではそうしたいと思っても出来なかったというのと同じです。リーダーたる自分が決めたことならばどのような事も受け入れようではありませんか。

結局、リテラシーとは自分が自分をリーダーとして判断することに他ならないのです。

九州に行くのも、自分が行きたいから行くのであればありなんです。原発や震災のせいにして、行ったとしたらリーダーでない自分が言いわけをします。それはまずいんですね。

世界の中で予測できるのは神だけです(無神論ですが)我々は起きていることを受け入れるしかないのです。

生きているうちが花です。子供ともいつかはさよならです(桑田さんのミュージックマン風に)セプとさくらとも時期です。妻ともいつかは・・・・・・
昨日より、明日より、今が一番幸せと感じていたいのです。少なくとも私個人は・・・・・

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