政治と宗教の話は人前でするなという家訓のため(家訓なんて嘘です)この手の話はあまりしないのですが、昔の話として聞いて下さい。
私が大学に入学した1977年は学生運動は下火になり、学内にもそれらしきプラカードも見かけなくなっていた頃だった。都内の一部の大学では多少見られたものの全体としてはすでに風化する一歩手前だった。
そもそもニュースで毎日のように流れる学生運動を見ていて、私が直感的に思っていたのは、何故彼らは学生を続けているのだろうという素朴な疑問だった。そして、彼らの行動の先にある理想が全く見えなかったのだ。
少年の私には何か親に甘え駄々をこねている分からず屋の子供に映っていた。
私の大学にもそんな余波から当時の学生運動の中心でもあった東大から多くの教授が疎開しいた。
それから30数年、学生運動こそ無くなったが、世の中の多くの反対運動(反原発、基地、などなど)の多くはこの学生運動同様、その先にあるものが全く見えないのだ。
もちろん、原発が良いなんて言っていない。ただ、こうした反対運動では国民の多くは私同様に反対したけどどうするのという疑問を突き付けられ、下火になり結局は実現する事は出来ないと思う。
ある防衛庁の幹部経験者に聞いた話であるが、そもそも墜落しない飛行機なんてないのだそうだ。
だから、防衛庁はその事を見越して、減損分を上乗せて調達すると言っていた。
オスプレイがどのくらい危険なのかは分からないが、こうした一連と同じではあるまいか。
その人は日本のマスコミは世界の事を全く話題にしないと嘆いていた。芸能人のゴシップや目に飛び込みやすい話題ばかり流して、全く世界の事を話題にしないと。
その人から聞いた話であるが、某国の海洋政策(軍事政策)はその時に既に決まっていて。今話題らなっている尖閣ばかりでなく、太平洋を大軍事基地にすべく覇権を狙っていると。
日本から遠いモルディブの日本人が作ったカツオブシ工場の跡地に中国の軍港があることは日本人の何パーセントが知っているというのだろう。
沖縄の人に聞いたことがある。本当に基地は要らないのかと。するとその人は小声で「大きな声では言えないが、無くなってしまっては困る」とまた「反対しているのは地元の人じゃないね、みんな本土人よ。地元の人は一部じゃないかな・・」
断っておきますが私は原発推進でも基地容認でもありません。こうした話題にならない事実も重ね合わせて、大きな設計図を持ちながら物事の判断をしなければならないんじゃないですかというだけ。
そうでなければ、子供が親にしがみ付きながらギャーギャーわめいているのと何も変わらない訳でだから。
閑話休題
最近のメルセデスに乗って、これじゃメルセデスは売れないなと感じたと同時に、これはもう日本人を相手にしてないということなんじゃないかと思えた。こっちが乗らないじゃなくて、あっちが相手にしていないのじゃないか・・・これって日本の自転車産業や家電産業が衰退していった事実と同じ航跡をたどっているような気がした・・・憂国の念がふつふつと湧いてきた・・・・
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2012年9月19日水曜日
借りた目 借りた耳
私達はともすると「借りた目」「借りた耳」で物事を語ってしまう事が多い。
糸井さんも書いておられたけどこれ結構危険な事が多いんですよね。
中国で反日運動が起きていると言うマスコミの映像を見せられて、中国人全体に対して「コノヤロ」という感情を持ったとしたらそれは「借りた目」なのです。
逆に言えば行動を起こした中国人の多くがその「借りた目」や「借りた耳」をきちんと理解していないと言う事でもある訳です。
私は再三言っておりますが原発推進派でも反対派でもありません。ただ、総理官邸を取り囲んでデモ行進するその姿は、中国人が愛国精神のためなら人の物を棄損しても構わないと言う精神のそれに似ていて、末恐ろしくなったのです。
知り合いはそのデモのために渋滞を余儀なくされ、損失を被っているのに等の本人達は正義の行動のために多少の犠牲はやむえないということのようです。
これはデモの参加者に限った事ではなく、政治家でもまた評論家と言われる多くの人でもこの「借りた目」「借りた耳」によって物事を判断している人が多く居るわけで、そうした人の特徴は事物について蓋然的なことしか言わない。一つ一つの事はどうでもよいから全体としてはこう見るんだとという全くお気軽な発想であり、軍部の独裁により太平洋戦争の発端だとする通説もありましょうが、私は個人的に色々な資料や証言も含めて考えると、当時のそうした「借りた目」「借りた耳」が思想的に蔓延し、もはや軍部の誰ひとり実証的、検証的な物事の進め方をしなくなっていたのではないかと思えるのです。
「借りた目」「借りた耳」を脱する唯一の方法はまず実践する事です。そうは言っても忙しいし、全ての事を実践できるわけがないと反論される向きもおありでしょう。
確かにそうです。ではどうするか、結論はその事実を色々な角度で検証してみることです。
昨日、我が社の優秀なスタッフのT氏が「某ハンバーガーショップの揚げ油はラードだとアルバイトをした経験のある人から聞いたので間違いないようです」と胸を張って言っていたのである。
私はこの事実を全面的に受け入れる事は出来ない。言っていた人を疑う訳ではないし、そういう可能性ももちろんあるだろう。また、インターネットの掲示板にはその手の書き込みが多くある。
しかし、私には二つの疑問が生じた。
一つ目はトランス脂肪酸の食品添加が厳しいアメリカではラードを加工した油ならばFDAや裁判で大きな問題になるのではないか。二つ目は一般的な食品加工で使われている油はショートニング油と言って発火点の高い、固形の姿をしているのでラードと間違えた可能性があるのではないか。三つ目は当時はそうだったかも知れないが今は変更されているのではないかという疑問である。
二つ目の疑問は本人に聞かなければ為らないので解決はされないが、1つ目に対しては2005年に訴訟が終わり、トランス脂肪酸からの変更が遅れた事による数億円のペナルティーが課せられていた。つまりアメリカではすでに変更されているという事。
何故トランス脂肪酸が発生するかというと、精製している時に水素を加えることでこのトランス脂肪酸が発生すると言われている。
近年ではこの水素不添加で精製されるショートニングも多くなっている。
日本はアメリカのようにこのトランス脂肪酸の制限は今のところおおっぴらには行われていないから、アメリカの油と全く同じではないかもしれないが、全てラードで揚げているとは考えにくいのではないだろうか。
もっとも肥満大国のアメリカでは予防医学上、出来るだけ摂取しない方が良いということで、人体への明確な影響が証明されている訳ではない。これとて「借りた耳」なのである。
私なんぞ下手な合製油より天然の油であるラードの方が体に良いのではと思ってしまうが、まあ、カロリー的には問題もあろうからその点も加味しなければならないだろう。
掲示板にはゴキブリも寄り付かない、食べたら毒などと恐ろしい言葉が書きなぐられている。
えっ?これってどこかの国の日本叩きに似ていない??そうなんです、まさに「借りた耳」「借りた目」が2チャンネルを所せましと跳梁跋扈しているです。
糸井さんも書いておられたけどこれ結構危険な事が多いんですよね。
中国で反日運動が起きていると言うマスコミの映像を見せられて、中国人全体に対して「コノヤロ」という感情を持ったとしたらそれは「借りた目」なのです。
逆に言えば行動を起こした中国人の多くがその「借りた目」や「借りた耳」をきちんと理解していないと言う事でもある訳です。
私は再三言っておりますが原発推進派でも反対派でもありません。ただ、総理官邸を取り囲んでデモ行進するその姿は、中国人が愛国精神のためなら人の物を棄損しても構わないと言う精神のそれに似ていて、末恐ろしくなったのです。
知り合いはそのデモのために渋滞を余儀なくされ、損失を被っているのに等の本人達は正義の行動のために多少の犠牲はやむえないということのようです。
これはデモの参加者に限った事ではなく、政治家でもまた評論家と言われる多くの人でもこの「借りた目」「借りた耳」によって物事を判断している人が多く居るわけで、そうした人の特徴は事物について蓋然的なことしか言わない。一つ一つの事はどうでもよいから全体としてはこう見るんだとという全くお気軽な発想であり、軍部の独裁により太平洋戦争の発端だとする通説もありましょうが、私は個人的に色々な資料や証言も含めて考えると、当時のそうした「借りた目」「借りた耳」が思想的に蔓延し、もはや軍部の誰ひとり実証的、検証的な物事の進め方をしなくなっていたのではないかと思えるのです。
「借りた目」「借りた耳」を脱する唯一の方法はまず実践する事です。そうは言っても忙しいし、全ての事を実践できるわけがないと反論される向きもおありでしょう。
確かにそうです。ではどうするか、結論はその事実を色々な角度で検証してみることです。
昨日、我が社の優秀なスタッフのT氏が「某ハンバーガーショップの揚げ油はラードだとアルバイトをした経験のある人から聞いたので間違いないようです」と胸を張って言っていたのである。
私はこの事実を全面的に受け入れる事は出来ない。言っていた人を疑う訳ではないし、そういう可能性ももちろんあるだろう。また、インターネットの掲示板にはその手の書き込みが多くある。
しかし、私には二つの疑問が生じた。
一つ目はトランス脂肪酸の食品添加が厳しいアメリカではラードを加工した油ならばFDAや裁判で大きな問題になるのではないか。二つ目は一般的な食品加工で使われている油はショートニング油と言って発火点の高い、固形の姿をしているのでラードと間違えた可能性があるのではないか。三つ目は当時はそうだったかも知れないが今は変更されているのではないかという疑問である。
二つ目の疑問は本人に聞かなければ為らないので解決はされないが、1つ目に対しては2005年に訴訟が終わり、トランス脂肪酸からの変更が遅れた事による数億円のペナルティーが課せられていた。つまりアメリカではすでに変更されているという事。
何故トランス脂肪酸が発生するかというと、精製している時に水素を加えることでこのトランス脂肪酸が発生すると言われている。
近年ではこの水素不添加で精製されるショートニングも多くなっている。
日本はアメリカのようにこのトランス脂肪酸の制限は今のところおおっぴらには行われていないから、アメリカの油と全く同じではないかもしれないが、全てラードで揚げているとは考えにくいのではないだろうか。
もっとも肥満大国のアメリカでは予防医学上、出来るだけ摂取しない方が良いということで、人体への明確な影響が証明されている訳ではない。これとて「借りた耳」なのである。
私なんぞ下手な合製油より天然の油であるラードの方が体に良いのではと思ってしまうが、まあ、カロリー的には問題もあろうからその点も加味しなければならないだろう。
掲示板にはゴキブリも寄り付かない、食べたら毒などと恐ろしい言葉が書きなぐられている。
えっ?これってどこかの国の日本叩きに似ていない??そうなんです、まさに「借りた耳」「借りた目」が2チャンネルを所せましと跳梁跋扈しているです。
2012年9月18日火曜日
殻で決まる
海老や蟹がどうしてあんなに堅い殻を持っているか知っていますか?殻がないとどんどん成長して無駄に大きくなってしまうかららしいです(というのは嘘です)
いや海老や蟹の殻はどうでもよろしい、私が言いたいのは人間の殻の事です。
幸い私の周りには己の殻によって自らの成長を止めてしまうような男性は少なく、世の中のいろんなものを吸収してその分大きくなっていく人達が多いので嬉しい限りです。
しかしながら世の中を見渡すとこれがまた自分の殻を頑なに守って、私は私は、あなたはあなたと言い切る寂しいご仁が多いのも事実。
知識と言うのは日々更新されるべきものです。己の経験知などさして重要でもなく、大切な事は自分の知らないことがあると知ることです。知っていると思った瞬間その人の叡智は地に果てるのです。
私は朝令暮改を旨としています。間違っていたり、失敗したらその事を次の経験に繋げれば良いだけで、何もしないで失敗を恐れ、頭で考えるだけでは成長は出来ません。
大学を卒業して久々に友人達と再会するも、皆そんな自分の殻に閉じこもる輩が少なかったことも嬉しい限りです。
動物と言うのは防衛本能を発揮するとき、知らずに血圧が上がり、ファイティングポーズを獲るものです。その時が最大の危険なんだそうです。つまりは余裕のなさですね。そうすると周りの状況が見えなくなってしまう訳です。
まあ人間はそれが怖くてつい硬い殻を身につけるようになってしまうのでしょうね。
私のところの弁護士先生は面白い事を言います。プロになればなるほど専門用語や難解な言葉を用いずともお互いの約束が出来ると。逆に素人ほど難解な法律用語や無意味な防御創宜しくの文言を付けたがると。
なるほどそうかもしれませんね。
私が半年前、デザインに惹かれてミラーレスを購入した時にも、プロのカメラマンはミラーレスも良いけどちゃんとした一眼かコンデジの良い奴をお薦めすると言っていました。
そして使って、調べて、そして反省して、今彼らの言っていた意味が良く理解できました。
よく宣伝文句に機動性とか、軽さなんて言葉がありますが、そもそもミラーレスだって十分嵩張ります。それにレンズがオールマイティなんてことはありません。
大きなカメラには大きなカメラの利点があり、それを知るべきです。最初から自分はこれで良いんだと魔界の呪詛をするなら別ですが、領袖を広げ知識を得たうえで判断して欲しいものです。
ちまたにこの手の事はインターネットで色々と書かれていますが、書き手が私は知っていると思ったとたんにその知識は古ぼけたオールドタイマーになってしまいます。
確かに買えないという経済的状況を裏打ちすべく、その事実を規成化したいなら別ですが、知識としては理解の上段に据え付けておくべきでしょう。
残念ながら日本人の多くは、己が達成できないとなると判断の蚊帳の外に置く傾向が見られます。
島国根性と揶揄されるあれです。少なくとも硬い殻で自分を守りながら、嚆矢がはなたれないように恐る恐る生きるような後段の人生にはしたくないと思う訳です。
先輩が言っていました。そうしたこともひっくるめて理解したうえで、空気のような老境を迎えたいと・・・納得しかりです・・・・
いや海老や蟹の殻はどうでもよろしい、私が言いたいのは人間の殻の事です。
幸い私の周りには己の殻によって自らの成長を止めてしまうような男性は少なく、世の中のいろんなものを吸収してその分大きくなっていく人達が多いので嬉しい限りです。
しかしながら世の中を見渡すとこれがまた自分の殻を頑なに守って、私は私は、あなたはあなたと言い切る寂しいご仁が多いのも事実。
知識と言うのは日々更新されるべきものです。己の経験知などさして重要でもなく、大切な事は自分の知らないことがあると知ることです。知っていると思った瞬間その人の叡智は地に果てるのです。
私は朝令暮改を旨としています。間違っていたり、失敗したらその事を次の経験に繋げれば良いだけで、何もしないで失敗を恐れ、頭で考えるだけでは成長は出来ません。
大学を卒業して久々に友人達と再会するも、皆そんな自分の殻に閉じこもる輩が少なかったことも嬉しい限りです。
動物と言うのは防衛本能を発揮するとき、知らずに血圧が上がり、ファイティングポーズを獲るものです。その時が最大の危険なんだそうです。つまりは余裕のなさですね。そうすると周りの状況が見えなくなってしまう訳です。
まあ人間はそれが怖くてつい硬い殻を身につけるようになってしまうのでしょうね。
私のところの弁護士先生は面白い事を言います。プロになればなるほど専門用語や難解な言葉を用いずともお互いの約束が出来ると。逆に素人ほど難解な法律用語や無意味な防御創宜しくの文言を付けたがると。
なるほどそうかもしれませんね。
私が半年前、デザインに惹かれてミラーレスを購入した時にも、プロのカメラマンはミラーレスも良いけどちゃんとした一眼かコンデジの良い奴をお薦めすると言っていました。
そして使って、調べて、そして反省して、今彼らの言っていた意味が良く理解できました。
よく宣伝文句に機動性とか、軽さなんて言葉がありますが、そもそもミラーレスだって十分嵩張ります。それにレンズがオールマイティなんてことはありません。
大きなカメラには大きなカメラの利点があり、それを知るべきです。最初から自分はこれで良いんだと魔界の呪詛をするなら別ですが、領袖を広げ知識を得たうえで判断して欲しいものです。
ちまたにこの手の事はインターネットで色々と書かれていますが、書き手が私は知っていると思ったとたんにその知識は古ぼけたオールドタイマーになってしまいます。
確かに買えないという経済的状況を裏打ちすべく、その事実を規成化したいなら別ですが、知識としては理解の上段に据え付けておくべきでしょう。
残念ながら日本人の多くは、己が達成できないとなると判断の蚊帳の外に置く傾向が見られます。
島国根性と揶揄されるあれです。少なくとも硬い殻で自分を守りながら、嚆矢がはなたれないように恐る恐る生きるような後段の人生にはしたくないと思う訳です。
先輩が言っていました。そうしたこともひっくるめて理解したうえで、空気のような老境を迎えたいと・・・納得しかりです・・・・
2012年9月14日金曜日
至宝のエンジン 直列6気筒 水平対向6気筒
名作のエンジンというものは数あれど、BMWが得意としていた直列6気筒(通称ストレート6)はまさに至宝と呼べるエンジンです。
アメリカ車に代表されるV8エンジンはマッスルカーと呼ぶにふさわしい低速から太いトルクでグイグイ引っ張るエンジンでそれはそれで面白いのですが、ストレート6というエンジンはこれとは少し違います。
低速のトルクこそV8に負ける(もっとも最近のBMWはターボーチャージャーでこのあたりをカバーしています)が4000回転を超えてもさらに吹けあがるエンジンはほんの少し甲高い音を鳴らしながら最後まであくまでスムースです。シルキーシックスたる所以です。
ただ難点はエンジンがどうしても大きくなってしまう事と低燃費には限界があるという事です。
そのあたりでBMWも最近では4気筒にエンジンの主流を移していて、ストレート6はほんの少数派となってしまいましたが、素晴らしいエンジンである事は間違いありません。
私の乗っていた525は自然吸気のこのストレート6が搭載された最後のモデルでした。今はスタッフのT氏が乗っていますが素晴らしいエンジンである事は変わりません。
もちろんV12気筒やW12などのエンジンは手を入れればいくらでもパワーアップ出来ますが、個人的には面白いとは感じた事はありません。
また、どのメーカーのV10エンジンにも共通して言えるのですが、このエンジンは扱いが難しいと思います。BMWもM5からこのエンジンを引き上げたのもそのあたりが原因ではないかと推測します。
ということで私の好きなエンジンはこの直列6気筒エンジンと水平対向6気筒エンジンということになりましょうか・・・・・・・・・・
BMWはバイエルン発動機株式会社という名称なのです・・・つまりはエンジン屋なのです!!!
アメリカ車に代表されるV8エンジンはマッスルカーと呼ぶにふさわしい低速から太いトルクでグイグイ引っ張るエンジンでそれはそれで面白いのですが、ストレート6というエンジンはこれとは少し違います。
低速のトルクこそV8に負ける(もっとも最近のBMWはターボーチャージャーでこのあたりをカバーしています)が4000回転を超えてもさらに吹けあがるエンジンはほんの少し甲高い音を鳴らしながら最後まであくまでスムースです。シルキーシックスたる所以です。
ただ難点はエンジンがどうしても大きくなってしまう事と低燃費には限界があるという事です。
そのあたりでBMWも最近では4気筒にエンジンの主流を移していて、ストレート6はほんの少数派となってしまいましたが、素晴らしいエンジンである事は間違いありません。
私の乗っていた525は自然吸気のこのストレート6が搭載された最後のモデルでした。今はスタッフのT氏が乗っていますが素晴らしいエンジンである事は変わりません。
もちろんV12気筒やW12などのエンジンは手を入れればいくらでもパワーアップ出来ますが、個人的には面白いとは感じた事はありません。
また、どのメーカーのV10エンジンにも共通して言えるのですが、このエンジンは扱いが難しいと思います。BMWもM5からこのエンジンを引き上げたのもそのあたりが原因ではないかと推測します。
ということで私の好きなエンジンはこの直列6気筒エンジンと水平対向6気筒エンジンということになりましょうか・・・・・・・・・・
BMWはバイエルン発動機株式会社という名称なのです・・・つまりはエンジン屋なのです!!!
2012年9月13日木曜日
知らないという大罪
民主党の代表選挙をみていてこの国の政治のポプュリズムが如何にくだらないか、そして喫緊の課題を与えられた国防安全政策について無策の政治の戯言が末恐ろしくさえある。
むろん自民党が良いと言う訳ではない。長老(老害)達に担ぎあげられた、元党幹部のI氏などにこの国を任せれば、口先は体の好い詭弁で煙に巻かれ、その実は派閥の整合に他ならぬは明白。
こうした感情を少しでも抱いた国民が向かう先は関西から国を変えると息巻いているH氏に向かうのか。H氏には共感できる点が多い。しかし、H氏に取り巻く人達はとても同じ使命や政治信条を共有、共感し手を携えて政治生命を賭してやっていこうというとは考えられぬ。
政治家ばかりに責任は押し付けられぬ。昨日、家に帰るとK流ドラマがテレビから流れていた。我が家の男性はK流どころかテレビはあまり見ない。実は80才に近い私の母が何とはなしに観ていたのだ。
私の不機嫌な顔を見るとテレビのスイッチを消したが、つまりはこうした先達が戦後作り上げてきた民主主義の自由と平等こそが、今日の日本の斜陽を招いているのだ。
そうした人達は自らの知識や認識のなさを「知らない」で済ます。実はこの「知らない」は戦後日本の民主主義が植え付けてきた最悪の毒薬なのだ。
大衆迎合を柱とする多数決、標準化を根底に置く学校教育のそれは例え貴重な意見であっても、集団と異なるものは排除される。いじめの温床も実はここにある。そうした中では皆が「知らない」事は「知らない」で済むのだ。逆に知る事は皆と違う意見ということになる。我々は知らず知らずのうちにこの「知る」ということを意識の外に置くようになる。国民のバラエティ化とはその結果。
数年前にある人に言われて日米安保について考えてみた。実は概略は教科書程度知っていたが、当時はいくつかのその疑問も何となく「知らない」で済む方向に消し去っていたからだ。
色々な本を読んでみて、如何にこの日米安保が単純な「賛成」「反対」で俊査されるものでもなく、もっと深く考えなければならないと知った。日米安保と言う枠組みを考えることと、内政の日米安保は全くの別物である。
国にとって安全保障とはまさに最優先される課題である。普通の国は自国の国民を自国が守ると憲法に書いてある。日本はそれを放棄したのである。
さらにここ数年丸山眞男に関する著述を読みかえしている。私が大学に進んだ頃には彼の事は広く人口に膾炙しているとは言い難い状況であったからだ。
日本人の精神構造について、丸山はまさに今考えなければならない、鋭い洞察を行っている。
彼の「古層」という概念と並び、日本人の日本人的精神構造について理解すると、今の窮状がそうした日本人古来のものと、戦後レジームの中で構築されたシステムとの融合により、焼成されたことが分かるのだ。
もちろんだからといって無理やり愛国心に火をつけようとなど思っていない。彼もいうように愛国心とは流感のようなもので、熱を出し、うつるのである。だから、自制する事が肝要である。
H氏が言うように首相公選制ならびに一院制というのは、いくつかの課題を解決できる可能性がある。しかし、その一方でポピュリズムが蔓延したこの国の国民が学び、理解し、適正な判断が出来るか甚だ心配である。そう、まるで放射能の事が分からぬ者が原発と原爆の区別もなきまま、賛成や反対を論じる(論じるならまだしも一方的舌戦)ようなものである。
もっとも丸山はこの事を「キヨキココロ」として我が国の国民の嗜好性と位置付けているが・・・
むろん自民党が良いと言う訳ではない。長老(老害)達に担ぎあげられた、元党幹部のI氏などにこの国を任せれば、口先は体の好い詭弁で煙に巻かれ、その実は派閥の整合に他ならぬは明白。
こうした感情を少しでも抱いた国民が向かう先は関西から国を変えると息巻いているH氏に向かうのか。H氏には共感できる点が多い。しかし、H氏に取り巻く人達はとても同じ使命や政治信条を共有、共感し手を携えて政治生命を賭してやっていこうというとは考えられぬ。
政治家ばかりに責任は押し付けられぬ。昨日、家に帰るとK流ドラマがテレビから流れていた。我が家の男性はK流どころかテレビはあまり見ない。実は80才に近い私の母が何とはなしに観ていたのだ。
私の不機嫌な顔を見るとテレビのスイッチを消したが、つまりはこうした先達が戦後作り上げてきた民主主義の自由と平等こそが、今日の日本の斜陽を招いているのだ。
そうした人達は自らの知識や認識のなさを「知らない」で済ます。実はこの「知らない」は戦後日本の民主主義が植え付けてきた最悪の毒薬なのだ。
大衆迎合を柱とする多数決、標準化を根底に置く学校教育のそれは例え貴重な意見であっても、集団と異なるものは排除される。いじめの温床も実はここにある。そうした中では皆が「知らない」事は「知らない」で済むのだ。逆に知る事は皆と違う意見ということになる。我々は知らず知らずのうちにこの「知る」ということを意識の外に置くようになる。国民のバラエティ化とはその結果。
数年前にある人に言われて日米安保について考えてみた。実は概略は教科書程度知っていたが、当時はいくつかのその疑問も何となく「知らない」で済む方向に消し去っていたからだ。
色々な本を読んでみて、如何にこの日米安保が単純な「賛成」「反対」で俊査されるものでもなく、もっと深く考えなければならないと知った。日米安保と言う枠組みを考えることと、内政の日米安保は全くの別物である。
国にとって安全保障とはまさに最優先される課題である。普通の国は自国の国民を自国が守ると憲法に書いてある。日本はそれを放棄したのである。
さらにここ数年丸山眞男に関する著述を読みかえしている。私が大学に進んだ頃には彼の事は広く人口に膾炙しているとは言い難い状況であったからだ。
日本人の精神構造について、丸山はまさに今考えなければならない、鋭い洞察を行っている。
彼の「古層」という概念と並び、日本人の日本人的精神構造について理解すると、今の窮状がそうした日本人古来のものと、戦後レジームの中で構築されたシステムとの融合により、焼成されたことが分かるのだ。
もちろんだからといって無理やり愛国心に火をつけようとなど思っていない。彼もいうように愛国心とは流感のようなもので、熱を出し、うつるのである。だから、自制する事が肝要である。
H氏が言うように首相公選制ならびに一院制というのは、いくつかの課題を解決できる可能性がある。しかし、その一方でポピュリズムが蔓延したこの国の国民が学び、理解し、適正な判断が出来るか甚だ心配である。そう、まるで放射能の事が分からぬ者が原発と原爆の区別もなきまま、賛成や反対を論じる(論じるならまだしも一方的舌戦)ようなものである。
もっとも丸山はこの事を「キヨキココロ」として我が国の国民の嗜好性と位置付けているが・・・
2012年9月6日木曜日
毒性植物
私達の身近な所に摂取すると危ない植物が多く存在する。もっとも人間には大丈夫でも酵素を持たない犬、猫が重篤な障害や死に至るタマネギ、ニンニクなどもあるので注意が必要である。
トリカブトやドクウツギなど有名であるし、庭先で見かけるということはないが、園芸店で売られている植物の中にも危険なものある。
毒もまた有用である薬にもなる。ジキタリスは心臓発作の薬でもある。また、マダラ蝶の仲間は幼虫時代に毒草を食べるため成虫になっても捕食されにくいそうだ。デジタルとジキタリスも語源は一緒「指」です。ホタルノブクロは近種です。
新春の福を祝う「福寿草」も実は毒を持つ。菊の花弁に似た花は毒性が強い。
さらにデルフォニウムという観葉植物も「デルフィン」というアルカロイド毒を持つ。ちなみにイルカに花の形が似ているから命名されたようだ。
私のオフィスにもあった南の島でよく見かけるこの「モンステラ」も毒がある。なんとなくサトイモに似ているもんね・・
それとこれも近年庭先のガーデニングにしたり、ハワイの海岸で自生しているものを時々見かけるラッパを逆さまにしたエンジェルトランペットという植物、こちらは食べるだけじゃなく触った手で目や口を触るととんでもない事になるので要注意。
山菜摘みに出掛けた人がワラビを一杯持って帰り、そのまま食したら(普通食べられないけどね)死にかかったという事故もある。ワラビは灰汁抜きして塩ゆでして下処理しないと食えんのね・・・
そうそう高原に行った時に牧草地の中にレンゲツツジが自生していた。地元の人に聞いたら馬や牛はそれが毒があるから食べないと言っていた。
人間の食べてるものなら大丈夫と犬にあげているあなた、もしやその野菜は毒かもしれませんぞ・・・・
トリカブトやドクウツギなど有名であるし、庭先で見かけるということはないが、園芸店で売られている植物の中にも危険なものある。
毒もまた有用である薬にもなる。ジキタリスは心臓発作の薬でもある。また、マダラ蝶の仲間は幼虫時代に毒草を食べるため成虫になっても捕食されにくいそうだ。デジタルとジキタリスも語源は一緒「指」です。ホタルノブクロは近種です。
新春の福を祝う「福寿草」も実は毒を持つ。菊の花弁に似た花は毒性が強い。
さらにデルフォニウムという観葉植物も「デルフィン」というアルカロイド毒を持つ。ちなみにイルカに花の形が似ているから命名されたようだ。
私のオフィスにもあった南の島でよく見かけるこの「モンステラ」も毒がある。なんとなくサトイモに似ているもんね・・
それとこれも近年庭先のガーデニングにしたり、ハワイの海岸で自生しているものを時々見かけるラッパを逆さまにしたエンジェルトランペットという植物、こちらは食べるだけじゃなく触った手で目や口を触るととんでもない事になるので要注意。
山菜摘みに出掛けた人がワラビを一杯持って帰り、そのまま食したら(普通食べられないけどね)死にかかったという事故もある。ワラビは灰汁抜きして塩ゆでして下処理しないと食えんのね・・・
そうそう高原に行った時に牧草地の中にレンゲツツジが自生していた。地元の人に聞いたら馬や牛はそれが毒があるから食べないと言っていた。
人間の食べてるものなら大丈夫と犬にあげているあなた、もしやその野菜は毒かもしれませんぞ・・・・
ペダルの話 TIME I clic carbon
誰もがロードバイクに初めて乗った時に戸惑うのが、ビンディングペダルだと思う。
昔はペダルに革ひもで括りつける単純なものだったのが、次第に機構が改良されて今のかたちになってきたわけである。
初心者はすぐに外れる(そう言われているが実際にはそう変わらない)SPDペダルを取りつける人も多いが、乗り慣れてくると力の逃げやすいSPDペダルだと満足できなくなってしまう。かくいう私もその一人だった。
段々慣れてきて、ペダルの感触や動きが分かるようになって、さらに走行距離も100キロを超えるようになると今度は体のあちこちの痛みと対峙しなければならない。
まずは、お尻、ハンドルの振動、ヘルメットの重さ・・・とにかく老齢の体を色々なところが攻めてくる訳である。
私の場合には、SPDからルックに変えて暫く乗っていたが、膝に違和感と傷みが生じるようになった。
そこでNという神宮前のプロショップのメカニックに話を伺うと、タイムのペダルを勧めてくれた。
迷わずRXSを購入した。軽量化オタクだからすぐにチタンカーボンに買い変えた。
これがすこぶる調子が良い。それ以来膝の痛みから解放された。
タイムの不満な点は、ケオと比べて踏み代の面積が小さい事だった。それにあの独特の形状のため、クリートの位置が問題となる。多少のコツが必要となる訳である。
そこにi clicが登場した。私の場合、ロードシューズ3足のクリートも交換しなければならないため二の足を踏んでいたが、最近ではWという便利な海外サイトからパーツを安く手に入れることも可能になったので、iclic carbon とクリート3セットを購入したのである。
動きは今まで同様で膝への負担も無く、さらに踏み代が大きくなった、バネ式からカーボンプレートになったお陰で泥つまりも多少減った。良い事づく目である。
ただし、一つだけ問題がある。クリートも大きくなった分、減りが早い。慎重に歩いてもすぐに突起が削れてしまう。そこが難点である。それ以外、私にとってこのペダルが無くなる事は死活問題である。その位大切なパーツである。
そうそうペダルの取り付け取り外しは、レンチでなんなく出来るが、締め付け過ぎには注意したい。普通に回していれば自然に締め付けられるからである。クランクとペダルのねじ山の埃取りとグリースアップを念入りにして組み上げてたもう。
練習中のパワーを計りたいという玄人向きには今まではSRMのパワーメーター(カンパ用41万)という高額品しかなかったが、ケオからペダル内臓式も発売されているようなので御探索あれ。
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