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2010年3月24日水曜日

Dana Point Mafia

犯罪集団ではありません。この言葉を知っている人はサーフィンの歴史について知っているか相当のお年というわけです。私は?もちろん後者です。 


「すべてはダナ・ポイントから始まった」



 そう言っては言いすぎだろうか。もしも、この地域とは何事においてもライバル関係にあったハンティントン・ビーチやマンハッタン・ビーチなど、サウス・ベイのサーファー達が聞きつけたら、それこそ目くじらを立てるかもしれない。


 しかし、ここを出発点とした若者達が、第1次サーフィン・ブームの産業と文化の両方をコントロールしていたことは紛れもない事実なのである。ビーチ・ウエアの大手布地会社であるホフマン・ファブリックのウォルター・ホフマン。フォーム素材の開発を手がけて財を成したゴードン・クラーク。『SURFER』誌初代編集長のジョン・シーバーソン。『エンドレス・サマー』でサーフィン・ブームをブレイクさせた映画監督のブルース・ブラウン。

 そして、最盛期には年間6000本のボードを世に送り出していた、サーフボード業界の大御所、ホビー・アルター。


 彼らは意図的に結託したことはなかったが、結果的に彼らが'60年代の第1次サーフィン・ブームのきっかけを作り、ブームを支配していたことだけは確かである。


 彼らは密かにこう呼ばれていた。


 “ダナ・ポイント・マフィア”


 これは、彼らがマフィアのような暗躍する存在だったというわけではなく、彼らの成功をうらやむ他の地域のサーファー達が嫉妬と羨望の入り交じった気持ちをジョークまじりに表現した言葉なのである。

山森恵子著 「サーフィン・レジェンド」より抜粋


何でそんなこと考えるのかって?それはこのお店の前を通ったからです。そうHOBIE SURF BOARDの総代理店のお店です。いや通るだけでしたけど・・・・・・・・・・


写真はお店のHPよりお借りしてます。江の島の目の前です。

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