コピーライターの糸井重里さんのHPには
「いつか無くなるものを求めちゃいかんのだよ。
無くなるものは、求めるためではなく、
そいつで遊ぶために、この世にあるんだからな」
(『セフティ・マッチの金の言葉』より)
という言葉が載っています。私も同感です。人は生まれながらに死に向かって歩み始めます。明日やろう、いつかやろうではなく、今なんです。私の人生観とかぶります。
一方、今日もとても良い言葉が載っていました。前々から「ゆたかさ」とはなんだろうと考えていた私に金言です。糸井氏は豊かさとは「水を満々にたたえた湖のようなものだ」と形容しています。
決して水が枯れないという安心感、多くの生命をはぐくんでいる湖、静かな湖面が物語っていると言う訳です。
私のような仕事をしているとこの「ゆたかさ」を履き違えている人を往々にして目にします。家や土地といった資産にかじりついて、どう生きるかではなく、何があるか物を尺度として捉えている人。お金を貯めることのみに執着して、結局何もせず老衰していく人。逆にお金を使うことのみに執着している人など様々です。
でも誰一人としてこういう人たちに「ゆたか」だと感じる人はいません。
「ゆたかさ」は結局どう生きているか、どう生きていたかということであり、安心感はそういった経験をしたことによって人にもちらされるものであり、静かな湖面は幾度となく嵐を経験しそれでもすっと静まり返る湖の度量の深さということになります。
そう考える今日偶然出会えた人との縁をまた大切にしていかなければならないと嬉しく思えるのです。
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