鎌倉の古書店で山口瞳「行きつけの店」という本を買って読んだ。
山口氏は1925年生まれ、開高氏は確か1930年生まれ。なのに開高氏はこぶきや(サントリーの前身)に、山口氏はサントリーに入社したと書いてあった。あきらかに年齢的に逆じゃないのかと思っていたら、何と山口氏はいくつかの職を渡り歩いたのち開高氏に紹介されてサントリーに入社したようだった。
私自身、国立には縁があった。父が戦前住んでいたこともあり、我が家のお墓は近くの多磨霊園にしたようだ。幼馴染の女の子がバイオリン専攻で国立の音楽大学に通っていた(その後N響に)ことも多少関係ある。
国立に谷保という地名がある。今でもお客様のひとりはこのすぐ近く。ここに谷保天神がある。一度、立ち寄ったことがある。山口氏もここがお気に入りだったと聞く。近くに山口氏お気に入りの文蔵もあった。(今はない)ここは居酒屋兆治の舞台となったお店だ。
横浜にも山口氏のお気に入りの店がある。ホテルグランドのローストビーフとうなぎの八十八だ。八十八は辛口だっただけに無くなってしまったことか惜しまれる。
山口氏の本にはのっていないが、横浜にもう一店有名なうなぎのお店がある。「わかな」だ。ただ、やや甘めのタレが私向きではないのだが。
山口氏は赤貧の時代を川崎で過ごしたという。サントリーの寮があったからではない。その以前の話です。
うなぎの話でもう一つ。ミシュランで星をとった鰻屋は、石ばし、竹葉亭、野田岩、山の茶屋(千代田区)、秋本(千代田区)、尾花、麻布野田岩(横浜)、しま村、つるやである。
山の茶屋と秋本は食べたことが無いが鎌倉のつるやを除いてどの店も3000円オーバーである。つまり超高級店なのだ。
何で柴又の河千家が入らないのか不思議でなりません。私の基準はうなぎは2000円台なのです。(上は5000円でも6000円でもいいの、最低が2000円台ということ)目が節穴じゃなくて、舌がオンチなの??と疑いたくなります。
写真はつるやのうな重2500円なり。
1 件のコメント:
はじめまして。今、八十八の娘さん(といってももう還暦ですが)と八十八復活に向けて活動中です。もうすぐあの辛口の鰻をご賞味いただけるようになると思います。
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