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2011年2月16日水曜日

新潟 行形亭 イキナリヤ

料亭の話で忘れていましたが、新潟に行ったら行ってみたい料亭があります。それがこの行形亭とかいてイキナリヤと読みます。私の友人は初めて孔雀を観たのはここだったと言い張ります。

広大な敷地には鶴や孔雀などが放されていると言っていました。夏のこの庭での流しそうめんも有名のようです。

屋号は前主人が勝手に歌舞伎にちなんで自らを「いきなりや」と呼ばれたことにより命名したといいますが、私のお目当ては新潟でとれる南蛮海老を食してみたいと思うのです。

富山の白エビは全国区ですが、新潟はPRが下手なせいもあってまだ知名度は高くありません。ただ、友人に言わせればねっとりしていて絶品とのことです。

場所も日本海のすぐ近く、信濃川の河口にあるようです。

写真は行形亭のHPよりお借りしました。行く時は「あにさま、あねさま」をお誘いして行くことにいたしましょう!!!!


上牧温泉



今日から1泊で妻は「上牧温泉」です。前橋にいる友人と待ち合わせです。

上牧とかいて「カミモク」と読みます。少し南下したところに下牧という地名もあります。

水上の少し手前にありますが広義には水上温泉と呼ばれているようです。

泉質は硫黄泉ですが、草津や万座のようには強くありません。利根川と国道17号沿いに点在します。

小学生の頃、運送会社を営んでいた友達のお父さんがスキーに連れて行ってもらった帰りに、トラックの運転手御用達の美味しいお店があるとこの上牧の食堂に入り、カキフライ定食を食べた事を思い出しました。人生初のカキフライだっと記憶しています。

囲炉裏でゆっくりと(あの二人じゃゆっくりどころか、口から言葉がこぼれおちそうですけど・・・)骨休みするといいと思います・・・・お土産は峠の釜めしに決定です(笑)

写真は辰己館のHPよりお借りしました。ここには名物の埴輪風呂があります。父親が何故かせっせと埴輪を焼いていた事を思い出します。今でも我が家の庭と目黒に残っています・・・

嗜好品 CAR

Sママより夕刻愛車BMW645の修理見積もりが数十万円と電話で連絡を受けました。

内容はエンジンオイル、ATオイル、ラジエターの3重苦とあります。それにしても無視できない痛い内容です。

S家のBMWはウェストコーストらしいアメリカンなV8なので5年または8万あたりから故障が多くなる頃とは言え、この出費は厳しいものです。

V8エンジンはコンパクトに出来る半面、谷の部分にオイルや冷却液を通すノズルが付いていて、構造が複雑なのです。その部分がやられるとエンジンを半分取り換えるような作業が必要となります。

さらに近年は軽量化のためプラの製品が多く、経年経過すると着脱で壊れてしまい、修理する方としては安全に偏りがちです。

私が乗り継いできた輸入車は、アウディは修理に1か月以上掛り、ランチャは正規ディーラーでも故障の修理が出来ずにお釈迦になってしまいました。レンジは窓が落ちるし・・・・・数えたらキリがありません。



とにかく車(輸入車に限らず)はかの宇沢弘文氏も自動車を持つことが如何に不経済であるか著書「自動車の社会的費用」でも述べている通り、私もそのことを十分理解しているのに何故か自動車を持っています。それも2台とも輸入車です。

Sパパは自らがハンドルを握ることはほとんどなく、それはご立腹のことと思います。でも輸入車は多かれ少なかれこんなものなのです。それでも持ち続けたいかどうかそれが嗜好品実用品の違いかもしれません。

嗜好品と割り切れば・・・どうせだったらポ*シェに如何ですか???癖ありますけど????

2011年2月15日火曜日

料亭 河文 

京都では「丸山」と決めていたので、村田さんの「菊乃井」にも行ったことがなく、「瓢亭」にいたってはパルコの本館にいったのみです。折角チャレンジしようと嵐山の「星のや」に逗留した際にもまんまんと「嵐山吉兆」にも逃げられたのです。ということで老舗料亭にはてんでご縁のない私達ですが、サラリーマンをしていた若かりし頃名古屋の日銀近くにある「河文」という老舗料亭に連れて行ってもらったことがあります。




都心なのに広い庭と洗練されたお料理の事は良く覚えています。名古屋に行く際には是非訪ねてみたいものです。

水鏡の石舞台では邦楽や能を演じたりします。ここで私は初めて信長が舞ったという「敦盛」を初めて聞いたのはここだったような・・・・

格式のある料亭は博多、新潟、金沢、滋賀、京都・・・古い由緒ある街にほんの少し残っているようですね。残念ながら大阪のそれはすでに廃業のため記載されてはいません。

京都に夏前に行く予定があるのでその際には・・・・迷ってしまいます。やっぱり丸山も美味しいので本当に・・・・・・少ない夕餉ははずせませんから・・・・

ケインズ再考 モラル・サイエンス

ケインズといえば経済学を机上の学問にしばりつけたと経済=合理性と人間の不確かな感情や欲動を無視して結論付けると批判されることがありますが、よくよくケインズを読み解くとそんなことはありません。

1938年に経済学者のハロッズに向けてこんな手紙を書いているのです。


「経済学は本質的にモラル・サイエンスであって、自然科学ではありません。すなわち経済学は内省や価値判断を用いるのです」
「経済学は動機、期待心理的不確実性といったものを取り扱っているのです。我々は素材を不変かつ同質的に扱わないように、たえず注意しなければなりません。言ってみれば林檎が地面に落ちることが、あたかも林檎の動機に依存したり、地面に落ちることが勝ちあることかどうかとか、地面が林檎の落ちることを望んでいるかどうかとかに依存したり、地球の中心からの距離についての林檎の誤算に依存しているようなものなのです」


言うまでもありません。ここでいう林檎はニュートンの林檎です。ケインズのこの考える林檎によるレトリックなのです。2つの世界観をつなぐ重要なファクターそれが林檎なのです・・・・

Jean Baudrillard 記号の経済学批判


ジャンボードリヤールといえば「シミュラークルとシミュレーション」「象徴交換と死」などの著作が有名ですが、それよりもう少し前の著作がこの「記号の経済学批判」です。

ー著作より抜粋ー

かつてマルクスは商品の物的集積を対象とした経済学批判に着手した。しかしいまや商品は記号として生産されており、消費はその記号と差異の論理そのものである。記号および象徴交換の経済学批判は、商品=物の内的論理から、欲望の全体的関連と資本・権力の戦略を読み取る

そして最後に

つまり、ラジカルな欲求の立場、物や価値ではなく、交換という関係自体を、今日至るところで勝ちのテロリズムがつぶしているパローロの互酬性を解放するはずの革命の立場なのだとされるのである。

マルクス批判のある一定の矜持を持った見解であります。

頭の休憩  語学勉強

息子の机のまわりに散らかっている外国語の本です。

ラボの研究の合間にこの手の言語学の本を読むことが彼の頭の休息ということのようです。

以前K先生が大学で5か国語履修したと驚いていましたが、息子のそれはさらに凌いでいます。

バスク語に至っては日本語の本がないためすべて英訳です。アメリカのアマゾンより送られてきたようです。

私も今日は自宅で勉強です。今日の科目は経営学総論と会計学です(笑)それに家庭科??