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2010年7月6日火曜日

岸信介  ジョン・W・ダワー「昭和」


既に1回読んで、今気になるところを読み返している。

アメリカ人の日本論をバカにする手合いは多いが、反対に他国の政治を冷静に分析できる日本人が果たしているのか疑問である。

この「昭和」で投げかけられている連続性について考えてみると、真っ先に岸信介氏を思い出す。佐藤栄作氏の実兄である。

彼はA級先般として巣鴨に収容された。他の政治家同様、アメリカの政策変更により無罪放免となった訳であるが、戦前は東条英機とともに鬼畜米英、大東亜経済圏を主張し、右翼の大物とも親交があった。一転して、戦後はアメリカ服従の政策を行った。現在の金権政治のさきがけを作ったとも言われている。ドイツではナチの出身者が政治の要職に就くことはあり得ないのと対照的である。

そう日本は戦争と言う一大転換点を迎えながら、政治的には昭和として連続されており、戦前の思想は内向されていったのだ。内向され表現する場を失いながらも、さらに内へ内へと進む。今なお、進む内向である。

著者は冷静な目を持っている。70年代にアメリカのマスコミが日本も原爆を開発中であったというニュースを流したことも、恣意的なジャパンバッシングに他ならず、日本ではそれが現実になることはあり得なかったし、そのことは皆既知のことであると論じている。痛快である。

冷静に他国の政治的な構造を探り熟考する。そう日本の政治学者にはこの賢慮が足りないのである。見習うべきである。

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