内田樹先生のブログを見ていて同感してしまうことが多々あります。考えてみると氏と私は9つ違うのですが、氏の育ったのは東京、私の育ったのは北関東のK市です。
今日の小津安二郎の映画のシーンにしても、大人が共同して子供を教化していたというくだりは溜飲の下がる思いです。広場はみんなのものであり、子供は多くの大人の共有財産でした。確かに忙しい大人はある意味子供を放置します。これも納得です。しかし、妻にこの話をするとなんとなく違和感があるそうです。
もしかすると北関東の私の育ったK市と内田先生の東京で時間軸があっていたのかもしれません。
どうりで同世代の東京人より年上の人と話が合うのも納得です。私の時間軸は過去に9年ばかり引き延ばされていたようです。
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